遊女的夕顔は、Uで夕顔〔三〕〔五後〕〔九前〕〔一二〕〔一三〕としたが、Vで御随身との関係で〔九前〕が〔三〕よりも早く書かれたことが明らかになったので、ここでは〔三〕〔五後〕〔一二〕〔一三〕と〔一五〕〔一六〕〜〔二五〕を主として検討する。
対して |
態度 |
||
|---|---|---|---|
| 「らうがはしき大路に立ちおはしまして」と、かしこまり申す | |||
| かくおはしましたるよろこびを、またなき事にかしこまる | |||
| 例のうるさき御心とは思へども | |||
| すき給はざらむも、なさけなくさうざうしかるべしかし、人のうけ ひかぬ程にてだに、なほさりぬべきあたりの事は、好ましう覚ゆる ものを、と思ひ居り |
|||
| ……など聞ゆれば……いと知らまほしげなる御気色を見て……案内 も残る所なく見給へ置きながら |
|||
| いささかの事も御心に違はじと思ふに しひておはしまさせそめてけり |
|||
| わが馬をば奉りて、御供に走りありく 「懸想人のいと物げなき足もとを、見つけられて侍らむ時、からく もあるべきかな」などわぶれど |
|||
| せめてつれなく知らず顔にて、かけて思ひよらぬ様に、たゆまずあ ざれありけば |
|||
| わがいとよく思ひ寄りぬべかりしことを、ゆづり聞えて、心ひろさ よなど、めざましう思ひをる |
|||
| 「……仰言もなし、暁に御迎に参るべき由申してなむ……」 | |||
| 夜中暁といはず、御心に従へるものの、今宵しも侍はで | |||
| 「……惟光おり立ちて、よろづはものし侍る」 | |||
| 「何か、ことごとしくすべきにも侍らず」とて立つが……と宣ふを、 いとたいだいしき事とは思へど…「さ思されむは、如何せむ…」 |
|||
| 「夜は明方になり侍りぬらむ。はや帰らせ給ひなむ」と聞ゆれば |
もとに肯定→否定、畏敬→不遜・批判を順にならべると、夕顔の変遷がだんだんと明確になってゆく。惟光などの性格は、後期挿入する時期ごとに一つの型を示しており、紫式部の構想がはっきりしてくればくるほど一定化しやすい。前後の関係で動揺することは否めないが、おおまかな執筆順序が浮かび上がってくる。また惟光の態度が一定しない理由は、ある意図をもって後期挿入しているので、そのたびに別の性格付けをしているからである(表18)。
表18 惟光の態度の変遷 (表13参照)
| 源氏の恋に対して | 源氏に対する 一般的態度 |
夕顔の類型分類 | |
| 夕顔〔一〕 | E | ||
| 〔二〕 | E’ | ||
| 〔八後〕 | E | ||
| 〔九中〕 | E C | ||
| 〔五前〕 | E C | ||
| 〔九前〕 | E C? →B | ||
| 〔一六〕 | C | ||
| 〔一八〕 | C | ||
| 〔二一〕 | C’ | ||
| 〔三〕 | E B | ||
| 〔一三〕 | B’ | ||
| 〔二二〕 | |||
| 〔二三〕 | C | ||
| 〔二四〕 |
夕顔〔五後〕で問題となるのは、「『なほ言ひ寄れ。尋ね寄らでは、さうざうしかりなむ』と宣ふ。かの下が下と、人の思ひ棄てし住なれど、その中にも、思の外に口惜しからぬを見つけたらば、とめづらしく思ほすなりけり」である。明らかに雨夜の品定めを受けている。ところが〔八後〕にも「仮にても、宿れる住の程を思ふに、これこそ、かの人の定めあなづりし下の品ならめ、その中に、思の外にをかしき事もあらば、など思すなりけり」という文章が出てくる。この二つを比較したのが表19である。夕顔のすまい、身分、源氏の思惑など、一見ほとんどよく対応し、差がないと結論しがちであるが、そうなると〔八後〕の文章は重複となってしまう。紫式部がこのような凡庸なことをするはずがない。微細な検討が必要である。
違いは、まず第一に源氏の意志が異なる。第二に源氏は夕顔の宿に対して〔五後〕で「下が下と、人の思ひ棄てし住」と断定しているにもかかわらず、〔八後〕では「宿れる住の程」を「下の品ならめ」と推定しているのである。断定が先で推定が後になるのはおかしい。
〔八後〕では、源氏の恋に対する惟光の態度は、源氏を夕顔の家に「しひておはしまさせそめてけり」と肯定的で、夕顔の性格も下の品風である。〔五後〕は何らかの意図をもって紫式部が後期挿入したのである。それは、夕顔の身分についての断定と推定の違いに着目すべきなのである。
表19 夕顔〔五後〕と〔八後〕の比較
| 五後 | 人の思ひ棄てし住なれど (断定) |
かの下が下と (断定) |
思の外に口惜しからぬ を見つけたらば |
なほ言ひ寄れ (積極的) |
| 八後 | 仮にても、宿れる住の程を 思ふに (推定) |
下の品ならめ (推定) |
思の外にをかしき事も あらば |
……など思すなりけり (消極的) |
夕顔〔五後〕の「下が下」は帚木〔五〕の「下のきざみ」を受けているとも考えられるが、「下のきざみ」であって「下が下」とは断定していないのだからやや無理。帚木〔七〕の「上が上」や帚木〔一四〕の「下が下」を受けたとするほうがよいと考えられる。故に夕顔〔五後〕は帚木〔六〕〜〔一五〕の後である。夕顔〔八後〕の「下の品」の語はせいぜい帚木〔五〕を話の前提として受ければよいから、帚木〔四〕〔五〕→夕顔〔八後〕と考えられる(表20、21)。つまり、雨夜の品定めとの関係
表20 雨夜の品定めと夕顔の類型分類
| 帚木〔五〕 | 夕顔〔八後〕 | |
| 帚木〔七〕〜〔一四〕 | 夕顔〔三〕〔五後〕 | |
| 帚木〔一三〕 | 夕顔〔九後〕〔二六〕〔三〇〕〔三一〕 |
で、夕顔〔五後〕を挿入したと考えたほうがよい。雨夜の品定めも次々と後期挿入されたために、後の夕顔の巻にも挿入を行い、雨夜の品定めとの連続性と、全体的に夕顔との関連性を持たせることを意図したのである。微細な点では凡庸さが生じてしまったが、夕顔〔五後〕を挿入したことによって雨夜の品定めも一体化し、夕顔の巻との関連が密となっている。雨夜の品定めの執筆順と夕顔の類型分類との関係を表示する。雨夜の品定め論は、次巻で詳論する。
表21 執筆時期の対応
| 帚木〔七〕 帚木〔一四〕 |
上が上 下が下 |
夕顔〔五後〕 | 下が下 | 断定 |
| 帚木〔五〕 | 人の品 中の品 三の品 下のきざみ |
夕顔〔八後〕 | 下の品 | 推定 |
| 〔一〇〕 | 八月十五夜→暁近く→心安くて明さむ→明方も近うなりにけり→朝の露 |
| 〔一一〕 | いさよふ月→明け行く空→御粥など急ぎ参らせ→御旅寝に、息長川と契り 給ふことより外のことなし |
| 〔一二〕 | 日たくる程に起き給ひて→うらみかつはかたらひ暮し給ふ |
| 〔一三〕 | 惟光尋ね聞えて、御くだものなど参らす |
| 〔一四〕 | 静かなる夕の空をながめ給ひて………添ひ臥し給へり→夕ばえを見交して→ 添ひ暮して |
| 〔一六〕 | 宵過ぐる程すこし寝入り給へるに→風すこしうち吹きたるに、人は少くて、侍 ふ限みな寝たり |
「息長川」「外のことなし」に着目すれば、時間的な感覚として、契っているのは午前中だけではないであろう。ほとんど日中すべてとするのが語感として妥当である。それが〔一二〕で 「日たくる程」に起き、今度は「かたらひ暮」すとなるのでは違和感が生じる。更に〔一三〕で「御くだもの」をいただくとなると、この間の契りは「契り給ふことより外のことなり」ではなくなってしまう。〔一二〕〔一三〕がないほうが、朝から「息長川と契り給ふことより外のことなし」で、「たとしへなく静かなる夕の空をながめ給ひて」〔一四〕となっても何かと「添ひ臥し」ているのではないか。そして〔一六〕の「宵過ぐる程」には「すこし寝入り給へる」となり、すべての言葉が生きる。〔一二〕〔一三〕は内容的にも時の関係からも〔二〇〕〜〔一六〕のなかでは異質であり、後期挿入と考えられる。
〔一五〕では@「内裏にいかに求めさせ給ふらむを」と、A六條わたりのことが語られる。
5 夕顔〔一五〕−−−六條わたり
@は〔二〇〕の「内裏より御使あり。昨日え尋ね出で奉らざりしより」にかかってゆくが、Aは〔一五〕以後、夕顔の巻ではどこにも受けるものがない。六條わたりに「うらみられむ」にもかかわらず、その後は通うでもなく、うらみがいかに発展するかもない。仮に、六條わたりが出ている夕顔〔七〕の「つらき御夜がれの寝ざめ寝ざめ、思ししをるる事、いと様々なり」を受けるとすると、〔一五〕以前にこれを受ける部分があってよいはずである。例えば〔八後〕の「しひておはしまさせそめてけり」の初回の契りの時にはまさに六條わたりのことがふっと思いわたるであろうし、また〔九前〕の「いとしばしばおはします」の時の方が六條わたりにとって辛いはずであり、〔一〇〕の「暁近く」にこの思いにかられてもよいはずである。
まさにこの節はとってつけたものであり、@の内裏のことですら〔二〇〕と重複しており、〔一五〕はなくてよいものである。
夕顔〔一六〕からは「いとをかしげなる女」のことが出て来るが、これとても六條わたりと結びつけるなら、六條わたりに似た女とすればもっと鮮明になるはずであるのに明記していない。夕顔が死亡してからでも、「いとをかしげなる女」はおおよそ六條わたりであったことをほのめかしてもよいのに、六條わたりは〔一五〕以後どこにも書かれていない。ではなぜ〔一五〕に六條わたりが突然出て来たのか。それは、夕顔が物の怪にとり殺される部分を書いたあとで、何らかの意図をもって怨念と六條わたりを結びつけるために、〔一五〕があとから挿入されたからと考えられる。
| 夕顔〔一七前〕 | 物宣ふやうなれど、胸は寒りて |
| *〔一七後〕 | われ一人さかしき人にて、思しやる方ぞなきや |
| 〔一八〕 | 君は物も覚え給はず、われかの様にておはし著きたり |
| *〔一九〕 | なやましげに見えさせ給ふ いと苦しく惑はれ給へば、かくはかなくて、われも徒になりぬるなめり |
| 〔二〇〕 | 苦しくて、いと心細く思さるるに しはぶきやみにや侍らむ、頭いと痛くて苦しく侍れば………ただ覚えぬ 穢に触れたる由を奏し給へ。いとこそたいだいしく侍れ 御心地もなやましければ |
| 〔二一〕 | われもいと心地なやましく、いかなるべきにかとなむ覚ゆる |
| *〔二二〕 | 御心地かきくらし、いみじく堪へ難ければ かき乱る心地し給ひて |
| *〔二三〕 | かくいふわが身こそは、生きとまるまじき心地すれ |
| *〔二四〕 | 馬よりすべりおりて、いみじく御心地惑ひければ |
| 〔二五〕 | 臥し給ひぬるままに、いといたく苦しがり給ひて、二三日になりぬるに、 無下に弱るやうにし給ふ 世に長くおはしますまじきにや いささか隙ありて 二十日あまりいと重くわづらひ給ひつれど、ことなる名残のこらず、お こたるさまに見え給ふ あらぬ世によみがへりたるやうに、しばしは覚え給ふ |
| 〔二六〕 | おこたり果て給ひて |
に……ゆるさぬ人なり」という落ち着いた言葉が出るとは思えない。それゆえ〔一七〕の初めから「大方のむくむくしさ譬へむ方なし」までは夕顔〔一七前〕とし、このあとの節とも無関係であり後期挿入である。
〔一五〕の「内裏にいかに求めさせ給ふらむを、何処に尋ぬらむ、と思しやりて……」と、〔一七後〕の「内裏に聞召さむをはじめて、人の思ひいはむ事……をこがましき名をとるべきかな」とは、その中間の〔一六〕で夕顔が死亡しても、全く同一の感情表現である。であるから夕顔〔一七後〕→〔一五〕である。(Wの5参照)
次に〔一九〕と〔二〇〕の源氏の病を比較すると、〔一九〕は「御覧せきあぐる心地し給ふ。御頭もいたく、身も熱き心地して、いと苦しく惑はれ給へば、かくはかなくて、われも徒になりぬるなめり、と思す」である。その一行あとの〔二〇〕では「苦しくて、いと心細く思さるるに」とある。
〔一九〕では「はかなくて、徒になりぬる」のであるから「死ぬ」感じである。しかし〔二〇〕
では「苦しくて心細い」のであって、死ぬまでの感情には至っていない。だからこそ、そのあと頭中将に「いかなる行触にかからせ給ふぞや」と聞かれたりするのでる。「徒になりぬるなめり」ほど重い病なら、自らの病気で参内できぬと上奏したほうがよいのではないかと考えられる。しかし、「覚えぬ穢に触れたる由」で参内できぬと奏しているのである。〔一九〕は不自然である。
更に女房の源氏の病への感想であるが、〔一九〕は「何処よりおはしますにか。なやましげに見えさせ給ふ」である。〔二〇〕は「日高くなれど、起き上り給はねば、人々あやしがりて、御粥などそそのかし聞ゆれど」であり、〔二一〕は「ほの聞く女房など、あやしく何事ならむ、穢ひの由宣ひて、内裏にも参り給はず、またかくささめき歎き給ふ、とほのぼのあやしがる」となっているが、これは〔一九〕の「なやましげに見えさせ給ふ」と矛盾し、その様子を見ていないことになるから〔一九〕はないほうがよい。〔一九〕がなければ〔二〇〕の「人々あやしがりて」が生き、更に〔二一〕へと自然な感情の流れとして続いていく。
やはり〔二〇〕のほうが〔一九〕より先に執筆されたのであろう。〔一九〕は内容的には〔一八〕で源氏が夕顔を見捨てて二條院に帰ってしまったので、夕顔が「生き返りたらむ時、いかなる心地せむ」ということが中心で、〔二二〕〜〔二四〕の野辺おくりの話へと発展させるために後期挿入したのであろう。
次に惟光について考察してみる。
「『惟光の朝臣の来りつらむは』と、問はせ給へば」(〔一六〕)
「惟光の朝臣の宿なる所に罷りて、急ぎ参るべき由いへ、と仰せよ」(〔一七前〕)
「惟光疾く参らなむ、と思す」(〔一七後〕)
「からうじて、惟光の朝臣参れり」(〔一八〕)
「日暮れて惟光参れり」(〔二一〕)
であるから、〔一七前〕が抜けているほうがすっきりする。
あるまじき心の報に、かく来し方行く先の例となりぬべき事はあるなめり、忍ぶとも、世にあること隠なくて、内裏に聞召さむをはじめて、人の思ひいはむ事、よからぬ童べの口ずさびになるべきなめり、ありありて、をこがましき名をとるべきかな、と思しめぐらす」と、かなり詳しく源氏の心情を述べている。
また許されぬ行動をとってしまったことに対する反省という意味では、〔一七前〕の「かかるありきゆるさぬ人なり」は〔一七後〕と重複している。この意味でも〔一七前〕はなくてもよい。〔一七後〕は「しのぶのみだれ」(帚木〔二〕)と同じ次元で、「かかる筋」(夕顔〔九中〕)程度の意味である。しかし、〔一七前〕は明らかに「ゆるさぬ」筋であって、「しのぶのみだれ」程度の行動から離反している。〔一七後〕→〔二一〕→〔一七前〕の執筆順としたほうが自然である。
以上をまとめると執筆時期は三期にわけられ、次のようになる。
夕顔〔一六〕〔一七後〕〔一八〕〔二〇〕〔二一〕〔二五〕
夕顔〔三〕〔一三〕〔一七前〕〔一九〕〔二二〕〔二三〕〔二四〕
夕顔〔一五〕