<こうばい>
出現する巻と本文(新日本古典文学大系 源氏物語;岩波書店)
「末摘花」  p234-14
日のいとうららかなるに、いつしかと霞みはたれる梢どもの心もとなき中にも、梅はけしきばみほほ笑みわたれる、とりわきて見ゆ。階隠のもとの紅梅、いととく咲く花にて、色づきにけり。

「少女」  p323-06
南の東は、山高く、春の花の木、数を尽くして植へ、池のさまおもしろくすぐれて、御前近き前栽、五えう、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅などやうの春のもてあそびをわざとは植へで、秋の前栽をばむらむらほのかにまぜたり。

「初音」  p387-13

荒れたる所もなけれど、住み給はぬ所のけはひは静かにて、御前の木立ばかりぞいとおもしろく、紅梅の咲き出でたるにほひなど、見はやす人もなきを見わたし給ひて、ふる里の春のこずゑに尋きて世のつねならぬ花を見るかなとひとりごち給へど、聞き知り給はざりけんかし。

「梅枝」  p153-11
二月の十日、雨すこし降りて、御前近き紅梅盛りに、色も香も似るものなきほどに、兵部卿の宮渡り給へり。御いそぎの今日あすになるにけることども、とぶらひ聞こえ給。

「若菜 上」  p245-13
鶯の若やかに、近き紅梅の末にうち鳴きたるを、「袖こそ匂へ」と花をひき隠して、御簾おし上げてながめ給へるさま、夢にもかゝる人の親にてをもき位と見え給はず。若うなまめかしき御さまなり。

「御法」  p169-05
「大人になり給ひなば、ここに住み給て、この対の前なる紅梅と桜とは花のおりおりに心とどめてもて遊び給へ。さるべからむおりは仏にもたてまつり給へ」と聞こえ給へば、うちうなづきて、御顔をまもりて、涙の落つべかめれば、立ちておはしぬ。

「幻」  p186-07
宮、うち涙ぐみ給て、
  香をとめて来つるかひなく大方の花のたよりと言ひやなすべき
紅梅の下に歩み出で給へる御さまのいとなつかしきにぞ、これよりほかに見はやすべき人なくやと見給へる。

「幻」  p191-06
后の宮は内にまいらせ給て、三宮をぞさうざうしき御慰めににおはしまさせ給ける。「ばばののたまひしかば」とて、対の御前の紅梅はいととりわきて後見ありき給ふを、いとあはれと見たてまつり給。きさらぎになれば、花の木どもの盛りなるも、まだしきも、梢おかしう霞みわたれるに、かの御形見の紅梅に、鶯のはなやかに鳴き出でたれば、立ち出でて御覧ず。

「紅梅」  p238-06
此東のつまに、軒近き紅梅のいとをもしろく匂ひたるを見給て、「御前の花、心ばへありて見ゆめり。兵部卿宮、内におはすなり。一枝おりてまいれ。知る人ぞ知る」とて、

「紅梅」  p242-10
「さかし。梅の花めで給ふ君なれば、あなたのつまの紅梅いと盛りに見えしを、たぐならでおりて奉れたりしなり。移り香は、げにこそ心ことなれ。

「早蕨」  p012-09
御前近き紅梅の色も香もなつかしきに、鶯だに見過ぐしがたげにうち鳴きて渡るめれば、まして「春やむかしの」と心をまどはし給ふどちの御物語りに、おりあはれなりかし。風のさと吹入るるに、花の香も客人の御匂ひも、橘ならねどむかし思ひ出でらるるつまなり。

「手習」  p378-03
閨のつま近き紅梅の色も香も変はらぬを、春や昔のと、こと花よりもこれに心寄せのあるは、飽かざりし匂ひのしみにけるにや。

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