P285
「/古めかしき/あたり/に/さし放ち/て/、/思落とさ/るる/も/ことはり也/」/と/うち語らひ/
給/て/、/あはれに/のみ/おぼしまさる/。/
 年ごろ/あり/て/、/又/おとこ御子/生み/給/つ/。/そこら/さぶらひ/給/御方方/に/、/
かかる/事/なく/て/年ごろ/に/なり/に/ける/を/、/をろかなら/ざり/ける/御宿世/など/世人/おどろく/
。/みかど/は/、/まして/限りなく/めづらし/と/、/この/今宮/を/ば/思/きこえ/給へ/り/。/
P286
おりい/給は/ぬ/世/なら/ましか/ば/、/いかに/かひあら/まし/、/いま/は/何事/も/はへなき/世
を/、/いと/くちおし/と/なん/おぼし/ける/。/女一宮/を/限りなき/物/に/思ひ/きこえ/給/し/
を/、/かく/さまざまに/うつくしく/て/数/添ひ/給へ/れ/ば/、/めづらかなる/方/に/て/、/いと/
ことに/おぼい/たる/を/なん/、/女御/も/、/あまり/かうて/は/物しから/む/と/御心/動き/ける/。/
ことにふれて/やすからず/、/くねくねしき/こと/出で来/など/し/て/、/をのづから/御中/
も/隔たる/べか/めり/。/世/の/こと/と/し/て/、/数ならぬ/人/の/仲らひ/に/も/、/もとより/ことはり/
得/たる/方/に/こそ/、/あひなき/おほよそ/の/人/も/、/心/を/寄する/わざ/な/めれ/ば/、/院/
の/内/の/上下/の/人人/、/いと/やむごとなく/て/久しく/なり/給へ/る/御方/に/のみ/ことはり/
て/、/はかない/こと/に/も/、/この/方ざま/を/よから/ず/とりなし/など/する/を/、/御せうと/
の/君たち/も/、/「/さればよ/、/あしう/やは/聞こえをき/ける/」/と/、/いとど/申/給/。/心やすから/
ず/聞き苦しき/ままに/、/「/かから/で/、/のどやかに/めやすく/て/世/を/過ぐす/
人/も/おほか/めり/かし/。/限りなき/幸ひ/なく/て/、/宮仕へ/の/筋/は/思ひ寄る/まじき/わざ/
なり/けり/」/と/、/大上/は/嘆き/給/。/
 聞こえ/し/人人/の/、/めやすく/なり上り/つつ/、/さても/おはせ/まし/に/、/かたわなら/
ぬ/ぞ/あまた/ある/や/。/その/中/に/、/源侍従/と/て/いと/若う/ひわづなり/と/見/し/は/、/宰相中将/
P287
に/て/、/「/匂ふ/や/、/かほる/や/」/と/聞きにくく/めでさはが/る/なる/、/げに/
いと/人がら/重りかに/心にくき/を/、/やんごとなき/親王たち/、/大臣/の/、/御むすめ/を/
心ざし/あり/て/のたまふ/なる/など/も/聞き入れ/ず/、/など/ある/に/つけ/て/、/「/そのかみ/
は/若う/心もとなき/やうなり/しか/ど/、/めやすく/ねびまさり/ぬ/べか/めり/」/など/言ひおはさうず/
。/
少将/なり/し/も/、/三位中将/と/か/いひ/て/おぼえ/あり/。/「/かたち/さへ/あらまほしかり/
き/や/」/など/、/なま心わろき/仕うまつり人/は/うち忍び/つつ/、/「/うるさげなる/
御有さま/より/は/」/など/言ふ/も/あり/て/、/いとおしう/ぞ/見え/し/。/此/中将/は/、/猶/
思そめ/し/心/絶え/ず/、/うく/も/つらく/も/思ひ/つつ/、/左大臣/の/御むすめ/を/得/たれ/ど/、/
おさおさ/心/も/とめ/ず/、/道のはて/なる/常陸帯/の/と/、/手習/に/も/、/言種/に/も/する/は/、/
いかに/思ふ/やう/の/ある/に/か/有/けん/。/
宮す所/、/やすげなき/世/の/むつかしさ/に/、/里がちに/なり/給ひ/に/けり/。/かんの君/、/
思ひ/し/やうに/は/あら/ぬ/御有さま/を/くちおし/と/おぼす/。/内の君/は/、/中中/いまめかしう/
、/心やすげに/もてなし/て/、/世/に/も/ゆへあり/、/心にくき/おぼえ/に/て/さぶらひ/
給/。/
P288
左大臣/亡せ/給/て/、/右/は/左/に/、/藤大納言/、/左大将/かけ/給へ/る/右大臣/に/なり/給/。/
次次/の/人人/なり上り/て/、/この/かほる中将/は/中納言/に/、/三位の君/は/宰相/に/なり/
て/、/悦/し/たまへ/る/人人/、/この/御族/より/外/に/人/なき/ころをひ/に/なん/あり/ける/。/
中納言/の/御悦/に/、/前の尚侍の君/に/まいり/給へ/り/。/御前/の/庭/に/て/拝し/たてまつり/
給/。/かんの君/、/対面し/給/て/、/「/かく/いと/草深く/なりゆく/葎の門/を/よき/給は/ぬ/
御心ばえ/に/も/、/先/昔/の/御こと/思出/られ/て/なん/」/など/聞こえ/給/。/御声/あてに/愛敬づき/
、/聞か/まほしう/いまめき/たり/。/古りがたく/も/おはする/かな/、/かかれ/ば/院の上/
は/、/恨/給/御心/絶え/ぬ/ぞ/かし/、/今/つゐ/に/事/ひき出で/給/て/ん/、/と/思/。/「/悦/など/
は/、/心/に/は/いと/し/も/思/給へ/ね/ども/、/先/御覧ぜ/られ/に/こそ/まいり/侍れ/。/避き/
ぬ/など/の給は/する/は/、/をろかなる/罪/に/うち返/させ/給/に/や/」/と/申/給/。/
「/けふ/は/、/さだ過ぎ/に/たる/身/の/愁へ/など/、/聞こゆ/べき/ついで/に/も/あら/ず/、/と/
つつみ/侍れ/ど/、/わざと/立寄り/給は/ん/事/は/かたき/を/、/対面/なく/て/はた/、/さすがに/
くだくしき/こと/に/なん/。/院/に/さぶらはるる/、/いと/いたう/世の中/を/思乱れ/
、/中空なる/やうに/ただよふ/を/。/女御/を/頼み/きこえ/、/又/后の宮/の/御方/に/も/、/さりとも/
おぼしゆるさ/れ/なん/、/と/思ひ/給へ/過ぐす/に/、/いづ方/に/も/、/なめげに/心ゆか/
P289
ぬ/物/に/おぼさ/れ/た/なれ/ば/、/いと/かたはらいたく/て/。/宮たち/は/さて/さぶらひ/
給/。/この/いと/まじらひにくげなる/身づから/は/、/かくて/心やすく/だに/ながめ過ぐい/
給へ/と/て/まかで/させ/たる/を/、/それ/に/つけ/て/も/聞きにくく/なん/、/上/に/も/よろしから/
ず/おぼしの給は/す/なる/。/ついで/あら/ば/、/ほのめかし/奏し/給へ/。/とさまかうざまに/
頼もしく/思ひ/給へ/て/、/出だしたて/侍り/し/ほど/は/、/いづ方/を/も/心やすく/
うちとけ/頼み/きこえ/しか/ど/、/いま/は/かかる/事あやまり/に/、/おさなう/おほけなかり/
ける/身づから/の/心/を/、/もどかしく/なん/」/と/うち泣い/給/けしき/也/。/
 「/さらに/かうまで/おぼす/まじき/こと/に/なん/。/かかる/御まじらひ/の/やすからぬ/
こと/は/、/むかし/より/さる/こと/と/なり/侍/に/ける/を/。/くらい/を/去り/て/静かに/おはしまし/
、/何事/も/けざやかなら/ぬ/御ありさま/と/なり/に/たる/に/、/誰/も/うちとけ/給へ/る/
やうなれ/ど/、/をのをの/うちうち/は/、/いかが/いどましく/も/おぼす/こと/も/なから/む/。
人/は/何の/咎/と/見/ぬ/こと/も/、/わが/御身/に/とり/て/は/うらめしく/なん/、/あいなき/こと/
に/心/動かひ/給/こと/、/女御/、/后/の/常/の/御癖/なる/べし/。/さばかり/の/紛れ/も/あら/じ/
物/と/て/やは/おぼし立ち/けん/。/ただ/なだらかに/もてなし/て/、/御覧し過ぐす/べき/こと/
に/侍/也/。/おのこ/の/方/に/て/奏す/べき/事/に/も/侍ら/ぬ/事/に/なん/」/と/、/いと/すくすくしう/
P290
申/給へ/ば/、/「/対面/の/ついで/に/愁へ/きこえ/む/と/、/待ちつけ/たてまつり/たる/かひなく/
、/あわ/の/御ことはり/や/」/と/うち笑ひ/て/おはする/、/人の親/に/て/はかばかしがり/
給へ/る/ほど/より/は/、/いと/若やかに/おほどい/たる/心ちす/。/宮す所/も/かやうに/
ぞ/おはす/べか/める/、/宇治の姫君/の/心とまり/て/おぼゆる/も/、/かうざまなる/けはひ/
の/おかしき/ぞ/かし/、/と/思ゐ/給へ/り/。/
 内侍のかみ/も/、/このころ/まかで/給へ/り/。/こなた/かなた/、/住み/給へ/る/けはひ/おかしう/
、/大方/のどやかに/紛るる/事/なき/御ありさまども/の/、/簾/の/うち/心はづかしう/
おぼゆれ/ば/、/心づかひせ/られ/て/、/いとど/もてしづめ/めやすき/を/、/大上/は/、/近う/
も/見/ましか/ば/、/と/うちおぼし/けり/。/
大臣殿/は/、/ただ/この/殿/の/東/なり/けり/。/だひきやう/の/垣下/の/君達/など/あまた/
つどひ/給/。/兵部卿の宮/、/左の大臣殿/の/賭弓/の/還立/、/すまゐ/の/あるじ/など/に/は/おはしまし/
し/を/思ひ/て/、/けふ/の/光/と/請じ/たてまつり/給/けれ/ど/、/おはしまさ/ず/。/心にくく/
もてかしづき/たまふ/姫君たち/を/、/さるは/、/心ざしことに/、/いかで/と/思ひ/
きこえ/給/べか/めれ/ど/、/宮/ぞ/、/いかなる/に/か/あら/ん/、/御心/も/とめ/給は/ざり/ける/。/
源中納言/の/、/いとど/あらまほしう/ねびととのひ/、/何事/も/をくれ/たる/方/なく/ものし/
P291
給/を/、/おとど/も/北の方/も/目とどめ/給/けり/。/
隣/の/かく/ののりしり/て/、/行きちがふ/車/の/をと/、/前駆をふ/声々/も/、/むかし/の/こと/
思出で/られ/て/、/この/殿/に/は/物あはれに/ながめ/給/。/「/故宮/亡せ/給/て/程/も/なく/、/
この/おとど/の/通ひ/給/し/ほど/を/、/いと/あはつけい/やうに/、/世人/は/もどく/なり/しか/
ど/、/かくて/ものし/給/も/さすがなる/方/に/めやすかり/けり/。/定めな/の/世/や/。/いづれ/
に/か/よる/べき/」/など/のたまふ/。/
 左/の/大殿/の/宰相中将/、/大饗/の/又の日/、/夕つけて/ここ/に/まいり/給へ/り/。/
宮す所/、/里/に/おはす/と/思ふ/に/、/いとど/心げそう/添ひ/て/、/「/おほやけ/の/数まへ/たまふ/
よろこび/など/は/、/何とも/おぼえ/侍ら/ず/、/私/の/思ふ/事/かなは/ぬ/嘆き/のみ/、/年月/
に/添え/て/思/給へ/晴るけ/ん/方/なき/事/」/と/、/涙/をしのごふ/も/ことさらめい/たり/
廿七八/の/ほど/の/、/いと/盛りに/にほひ/、/はなやかなる/かたち/し/給へ/り/。/「/見ぐるし/
の/君たち/の/、/世中/を/、/心/の/ままに/おごり/て/、/官くらい/を/ば/何とも/思は/ず/過ぐし/
いますがらう/や/。/故殿/おはせ/ましか/ば/、/ここ/なる/人々/も/、/かかる/すさび事/に/ぞ/
心/は/乱ら/まし/」/と/うち泣き/給/、/右兵衛督/、/右大弁/に/て/、/みな/非参議/なる/を/うれはし/
と/思へ/り/。/侍従/と/聞こゆ/めり/し/ぞ/、/このころ/頭の中将/と/聞こゆ/める/。/年齢/
P292
の/ほど/は/かたわなら/ね/ど/、/人/に/をくる/と/嘆き/給へ/り/。/宰相/は/、/とかく/つきづきしく/
。/


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