51巻 うき舟

畳語、繰り返し文字は文字になおしてあります。
赤字
が傳津守國冬・慈寛各筆本文です。( )内の語は本文にないことを示します。



1859-01 宮なを(かの)ほのかなりしゆふへをおほしわするるよなしことことしきほとには
1859-02 あるましけなりしを人からのまめやかにおかしうもありしかなといとあたなる
1859-03 御こころはくちをしくてやみにしこととねたうおほさるるままに女きみをもかう
1859-04 はかなきことゆへあなかちにかかるすちのものにくみしたまひけりおもはすに
1859-05 こころうしとはつかしめうらみきこえ給おりおりはいとくるしくてありのままに
1859-06 やきこえてましとおほせとやむことなきさまにはもてなしたまはさなれと
1859-07 あさはかならぬかたにこころととめて人のかくしおき給へるひとをものいひさかなく
1859-08 きこえいてたらんにもさてききすくし給へき御心さまにもあらさめりさふらふ
1859-09 人のなかにもはかなうものをものたまひふれむとおほしたちぬるかきり
1859-10 はるましきさとまてたつねさせ給さまよからぬほんしやうなるにさはかり
1859-11 月日をへておほししむめるあたりはましてかならすみくるしきこととりいてたまひ
1859-12 てんほかよりつたへきき給はんはいかかはせんいつかたさまにもいとをしく
1859-13 こそはありともふせくへき人の御心ありさまならねはよその人よりはききにくく
1859-14 なとはかりそおほゆへきとてもかくてもわかをこたりにてはもてそこなは
1860-01 しとおもひかへし給つついとをしなからきこえいてたまはすことさまにつきつきしく
1860-02 はえいひなし給はねはをしこめてものゑんししたるよのつねのひとに
1860-03 なりてそおはしけるかの人はたとしへなくのとかにおほしをきててまちとをなり
1860-04 とおもふらんと心くるしうのみおもひやりたまひなからところせき身のほと
1860-05 をさるへきついてなくてかやすくかよひたまふへきみちならねは神のいさむる
1860-06 よりもわりなしされといまいとよくもてなしてんとすやまさとのなくさめおもひはしめ
1860-07 しこころあるをすこし日かすもへぬへきことともつくりいててのとやかに
1860-08 ゆきてもみむさてしはしはひとのしるましきすみところしてやうやうさるかた
1860-09 にかのこころをものとめをきわかためにも人のもときあるましくなのめにて
1860-10 こそよからめにはかになに人そいつよりなとききとかめられむもものさわかしく
1860-11 はしめのこころにたかふへし又みやの御かたのききおほさんことももとのところ
1860-12 をきはきはしくてはなれむもむかしをわすれかほならんいとほいなしとおほししつむる
1860-13 もれいのいとのとけさすきたる心からなるへしわたすへきところおほしまうけ
1860-14 てしのひてそつくらせ給けるすこしいとまなきやうにもなりたれとみやの御方
1861-01 にはなをたゆみなくこころよせつかうまつりたまふことをなしやうなり
1861-02 みたてまつる人もあやしきまて思へれとよの中をやうやうおほししり人のありさま
1861-03 をみたまふままにこれこそはまことにむかしをわすれぬこころなかさの
1861-04 なこりさへあさからぬためしなめれとあはれもすくなからすねひまさり給ままに
1861-05 人からもおほえもさまことにものし給へはみやの御こころのあまりたのもしけなき
1861-06 ときときはおもはすなりけるすくせかなこひめきみのおほしをきてしままに
1861-07 もあらてかくものおもはしかるへきかたにしもかかりそめけんよとおほす
1861-08 おりおりおほくなんされとたいめんしたまふことはかたしとし月もあまりむかし
1861-09 をへたてゆきうちうちの御心をふかうしらぬ人はなをなをしきたた人こそさはかり
1861-10 のゆかりたつねたるむつひをもわすれぬにつきつきしけれ中中かうかきりある
1861-11 ほとにれいにたかひたるありさまもつつましけれはみやのたえすおほしうたかひ
1861-12 たるにいよいよくるしうおほしははかり給つつをのつからうときさま
1861-13 になりゆくをさりとてもたえすおなし心のかはりたまはぬなりけりみやもあたなる
1861-14 御ほん上こそみまうきふしもましれわかきみのいとうつくしうおよすけたまふ
1862-01 ままにほかにはかかる人もいてくましきにやとやむことなきものにおほし
1862-02 てうちとけなつかしきかたには人にまさりてもてなしたまへはありしよりはすこし
1862-03 ものおもひしつまりてすくしたまふむ月のついたちすきたるころわたり給
1862-04 てわか君のとしまさりたまへるをもてあそひうつくしみたまふひるつかたちひさき
1862-05 わらはみとりのうすやうなるつつみふみのおほきやかなるにちゐさきひけこ
1862-06 をこまつにつけたるまたすくすくしきたてふみとりそへてあふなくはしりまいる
1862-07 女君にたてまつれはみやそれはいつくよりそとのたまふうちより大夫のおとと
1862-08 にとてもてわつらひ侍つるをれいの御前にてそこらむせんとてとり侍ぬ
1862-09 といふもいとあはたたしきけしきにてこのこはかねをつくりていろとりたる
1862-10 こなりけりまつもいとよくにてつくりたるえたそとよとゑみていひつつくれは
1862-11 みやもわらひ給ていてわれももてはやしてんとめすを女君いとかたはらいたく
1862-12 おほしてふみはたいふかもとへやれとのたまふ御かほのあかみたれはみや大將のさりけなく
1862-13 しなしたるふみにや宇治のなのりもつきつきしとおほしよりてこのふみ
1862-14 をとりたまひつさすかにそれならんときにとおほすにいとまはゆけれはあけて
1863-01 みんよゑむしやしたまはんとするとの給へはみくるしうなにかはその女とちかきかはし
1863-02 たらんうちとけ御覽せんとのたまふかさはかぬけしきなれは
1863-03 されはみんよ女のふみかきはいかかあるとてあけたまへれはいとわかやかなる
1863-04 てにておほつかなくてとしもくれ侍にける山さとのいふせさこそみねのかすみ
1863-05 もたえまなくてとてはしにこれはわか宮の御まへにあやしう侍めれととかきたり
1863-06 ことにらうらうしきふしもみえねとおほえなきを御めたててこのたてふみを
1863-07 みたまへはけに女のてにてとしあらたまりてなにことかさふらふ御わたくしに
1863-08 もいかにたのしき御よろこひおほく侍らんここにはいとめてたき御すまひの
1863-09 こころふかさをなをふさはしからすみたてまつるかくてのみつくつくとなかめさせ
1863-10 給よりはときときはわたりまいらせたまひて御こころもなくさめさせ給へ
1863-11 とおもひ侍につつましくおそろしきものにおほしりてなんものうきことになけか
1863-12 せたまふめるわか宮のをまへにとてうつちまいらせ給おほきおまへのこらんせ
1863-13 さらんほとにこらむせさせ給へとてなんとこまこまとこといみもえしあえす
1863-14 ものなけかしけなるさまのかたくなしけなるもうちかへしうちかへしあやしとこらんし
1864-01 ていまはの給へかしたかそとのたまへはむかしかのやまさとにありける人
1864-02 のむすめさるやうありてこのころかしこにあるとなんきき侍しときこえたまへ
1864-03 はをしなへてつかうまつるとはみえぬふみかきを心え給にかのわつらはしきこと
1864-04 あるにおほしあはせつうつちいとをかしうつれつれなりける人のしわさみえたり
1864-05 またふりにやまたちはなつくりてつらぬきそへたるえたに
1864-06 またふりぬものにはあれと君かためふかき心にまつとしらなんとことなる
1864-07 ことなきをかのおもひわたる人にやとおほしよりぬるに御めとまりて返事したまへ
1864-08 なさけなしかくい給へきふみにもあらさめるをなと御けしきのあしきまかり
1864-09 なんよとてたち給ぬ女きみ少將なとしていとをしくもありつるかなおさなき
1864-10 人のとりつらんを人はいかてみさりけるそなとしのひてのたまふみたまへましか
1864-11 はいかてかはまいらせましすへてこのこは心地なうさしすくして侍りをひさき
1864-12 みえて人はおほとかなるこそおかしけれなとにくめはあなかまおさなき人な
1864-13 はらたてそとのたまふこそのふゆひとのまいらせたるわらはのかほはいとうつくしかり
1864-14 けれはみやもいとらうたくしたまふなりけりわか御かたにおはしまし
1865-01 てあやしうもあるかなうちに大將のかよひたまふことはとしころたえすときく
1865-02 なかにもしのひてよるとまりたまふときもありと人のいひしをいとあまりなる
1865-03 人のかたみとてさるましきところにたひねし給らんこととおもひつるはかやう
1865-04 の人かくしをき給へるなるへしとおほしうることもありて御ふみのことにつけ
1865-05 てつかひたまふ大内記なる人のかのとのにしたしきたよりあるをおほしいてて
1865-06 御前にめすまいれりゐんふたきすへきに集ともえりいててこなたなるつしにつむ
1865-07 へきことなとのたまはせて右大將のうちへいまする事なをたへはてすやてら
1865-08 をこそいとかしこくつくりなたれいかてみるへきとのたまへはてらいとかしこく
1865-09 いかめしくつくられてふたんの三昧たうなといとたうとくをきてられたり
1865-10 となんききたまふるかよひ給ことはこその秋ころよりはありしよりもしはしは
1865-11 ものし給なりしもの人人しのひてまうししは女をなんかくしすへさせたまへ
1865-12 るけしうはあらすおほす人なるへしあのわたりにらうしたまふところところの
1865-13 人みなおほせにてまいりつかうまつるとのゐにさしあてなとし京よりもいと
1865-14 しのひてさるへきことなととはせ給いかなるさいはひ人のさすかにこころほそく
1866-01 てゐたまへるならんとなんたたこのしはすのころをひ申すとききたまひし
1866-02 ときこゆいとうれしくもききつるかなとおもほしてたしかにその人とはいはす
1866-03 やかしこにもとよりあるあまそとふらひたまふとききしあまはらうになんすみ
1866-04 侍なるこの人はいまたてられたるになんきたなけなき女房なともあまたしてくちをしから
1866-05 ぬけはひにてゐて侍ときこゆおかしきことかななにこころありていかなる
1866-06 人をかはさてすゑたまへらんなをいとけしきありてなへての人ににぬ人
1866-07 のみこころなりや右のおととなとのこの人のあまり道心にすすみてやまてらに
1866-08 夜さへともすれはとまり給なるかろかろしともとき給とききしをけになとかさしも
1866-09 佛のみちにはしのひありくらんなをかのふるさとにこころをととめたると
1866-10 なんききしかかることこそはありけれいつら人よりはまめなるとさかしかるひと
1866-11 しもことに人のおもひいたるましきくまあるかまへよとの給ていとをかしと
1866-12 おほいたりこの人はかのとのにいとむつましくつかうまつる家司のむこになん
1866-13 有けれはかくし給こともきくなるへし御こころのうちにはいかにしてこの人を
1866-14 みし人かとみさためんかのきみのさはかりにてすへたるはなへてよろし
1867-01 にはあらしこのわたりにはいかてうとからぬにかはあらん心をかはしてかくし
1867-02 たまへりけるもいとねたうおほゆたたそのことをこのころはおほししみたのりゆみ
1867-03 内宴なとすくして心のとかなるにつかさめしなといひて人のこころつくす
1867-04 めるかたはなにともおほさねは宇治へしのひておはしまさんことをのみおほしめくらす
1867-05 この内記はのそむことありてよるひるいかて御こころにいらんとおもふ
1867-06 ころ例よりはなつかしうめしつかひていとかたきことなりともわかいはん
1867-07 ことはたはかりてんやなとのたまふかしこまりてさふらふいといとひんなきこと
1867-08 なれとかのうちにすむらん人ははやうほのかにみしひとのゆくゑもしらすなり
1867-09 にしか大將に尋とられにけるとききあはすることこそあれたしかにはしる
1867-10 へきやうもなきをたたものよりのそきなとしてそれかあらぬかとみさためん
1867-11 となんおもふいささか人にしらるましきかまへはいかかすへきとのたまへはあな
1867-12 わつらはしとおもへとおはしまさんことはいとあらき山こえになん侍れとことに
1867-13 ほととをくはさふらはすなんゆふつかたいてさせおはしましてゐねのとき
1867-14 にはおはしつきなんさてあか月にこそはかへらせたまはめ人そしりはへらんことは
1868-01 たた御ともにさふらひ侍らんこそはそれもふかき心はいかてかしり侍らんと申す
1868-02 さかしむかしもひとたひふたたひかよひしみち也かるかるしきもときおひぬ
1868-03 へきかもののきこえのつつましきなりとてかへすかへすあるましきことにわか御こころ
1868-04 にもおほせとかうまてうちいてたまへれはえおもひととめたまはす御とも
1868-05 にむかしかしこのあんないしれりしもの二三人この内記さては御めのとこ
1868-06 のくら人よりかうふりえたるわかき人むつかしきかきりえり給て大將けふあす
1868-07 よにおはせしなむと内記によくあんないきき給ていてたちたまふにつけてもいにしへ
1868-08 をおほしいつあやしきまてこころをあはせつついてありきし人のために
1868-09 うしろめたきわさにもあるかなとおほしいつることもさまさまなり京のうち
1868-10 たにむけに人しらぬ御ありきはさいへとえし給はぬ御みにしもあやしきさま
1868-11 のやつれすかたして御馬にておはする心地もものおそろしうややましけれとも
1868-12 もののゆかしきかたはすすみたる御心なれはやまふかくなるままにいつしかいかなら
1868-13 んみあはする事もなくてかへらんこそさうさうしくあやしかるへけれと
1868-14 おほすに心もさはき給ほうしやうしのほとまては御くるまにてそれよりそ御むま
1869-01 にはたてまつりけるいそきてよひすくるほとにおはしましぬ内記あんないよく
1869-02 しれるかのとのの人にとひききたりけれはとのゐ人あるかたにはよらてあしかき
1869-03 しこめたるにしをもてをやをらすこしこほちていりぬわれもさすかにまた
1869-04 みぬ御すまひなれはたとたとしけれと人しけうなとしあらねはしむ殿のみなみ
1869-05 にそひほのくらみえてそよそよとするおとするまいりてまた人はおきて侍へし
1869-06 たたこれよりおはしまさむとしるへしていれたてまつるやをらのほりてかうし
1869-07 のひまあるをみつけてよりたまふにいよすはさらさらとなるもつつましあたらしう
1869-08 きよけにつくりたれとさすかにあらあらしくてひまありけるをたれかはき
1869-09 てみんとうちとけてあなもふたかすき丁のかたひらうちかけてをしやりたりひ
1869-10 あかうともしてものぬふ人三四人ゐたりわらはのおかしけなるいとをそよるこれ
1869-11 かかをまつかのほかけにみたまひしそれなりうちつけめかとなをうたかはしき
1869-12 にうこんとなのりしわかき人もありきみはかいなをまくらにてひをなかめたる
1869-13 まみかみのこほれかかりたるひたひつきいとあてやかになまめきてたいの御かた
1869-14 にいとようおほえたりこの右近ものをるとてかくてわたらせ給なはとみに
1870-01 しもえかへりわたらせたまはしをとのはこのつかさめしのほとすきてついたちころ
1870-02 にはかならすおはしましなんと昨日の御つかひも申けり御ふみにはいかか
1870-03 きこえさせ給けんといへといらへもせすいとものおもひたるけしきなりおりしも
1870-04 はひかくれさせ給たらんやうならむかみくるしさといへはむかひたる人それ
1870-05 はかくなんわたりぬると御せうそくきこえさせたまへらんこそよからめかろかろしう
1870-06 いかてかをとなくてははひかくれさせ給はん御ものまうてののちは
1870-07 やかてわたりをはしましねかしかくてこころほそきやうなれと心にまかせてやすらかなる
1870-08 御すまひにならひて中中たひここちすへしやなといふまたあるは
1870-09 なをしはしかくてまちきこえさせ給はんこそのとやかにさまよかるへきや京へ
1870-10 なとむかへたてまつらせたらんのちおたしくておやにもみえたてまつらせ給へ
1870-11 かしこのをととのいときうにものしたまひてにはかにかくきこえなしたまふな
1870-12 めりかしむかしもいまもものねむししてのとかなる人こそさいはひはみはて給
1870-13 なれなとといふなり右近なとてこのままをととめたてまつらすなりにけんおひ
1870-14 ぬる人こそ人はむつかしきこころのあるにこそとにくむはめのとやうの人をそ
1871-01 しるなめりけににくきものありかしとおほしいつるもゆめの心ちそするかたわらいたき
1871-02 まてうちとけたることともをいひてみやのうへこそいとめてたき御さいわひ
1871-03 なれ右のおほい殿のさはかりめてたき御いきをひにていかめしうののしりたまふ
1871-04 なれとわかきみむまれたまひてのちはこよなくそおはしますなるかかるさかしら人とも
1871-05 のおはせて御心のとかにかしこうもてなしておはしますにこそあんめれ
1871-06 といふとのたにまめやかにおもひきこえ給ことかはらすはをとりきこえ
1871-07 給へきことかはといふをきみすこしをきあかりていとききにくきことよその人
1871-08 にこそおとらしともいかにともおもはめかの御ことなかけてもいひそもりきこゆる
1871-09 やうもあらはかたはらいたからんなといふなにはかりのしそくにかあらん
1871-10 いとよくもにかよひたるけはひかなとおもひくらふるにこころはつかしけにあてなる
1871-11 ところはかれはいとこよなしこれはたたらうたけにこまかなるところそ
1871-12 いとをかしきよろしうなりあはぬところをみつけたらんにてたにさはかりゆかし
1871-13 とおほししめたる人をそれとみてさてやみ給へき御こころならねはましてくまなく
1871-14 みたまふにいかてかこれをわかものになすへきとこころもそらになりたまひ
1872-01 てなをまほり給へは右近いとねふたしよへもすすろにおきあかしてきつとめて
1872-02 の程にもこれはぬひてんいそかせ給とも御くるまはひたけてあらんといひ
1872-03 てしさしたるものともとりくしてき丁にうちかけなとしてうたたねのさまによりふし
1872-04 ぬきみもすこしおくにいりてふす右こんはきたおもてにいきてふすしはし
1872-05 ありてそきたるきみのあとちかくふしぬねたしとおもひけれはいととうねいり
1872-06 ぬるけしきをみたまひてまたせんやうもなけれはしのひやかにこのかうしを
1872-07 たたき給右こんききつけてたそととふこはつくり給へはあてなるしはふきとききしり
1872-08 てとののおはしたるにやとおもひてをきいてたりまつこれあけよとのたまへ
1872-09 はあやしうおほえなきほとにも侍かなよはいたくふけ侍ぬらんものをと
1872-10 いふものへわたりたまふへかむなりとなかのふかいひつれはおとろかれつるままに
1872-11 いてたちていとこそわりなかりつれまつあけよとのたまふこゑいとようまねひにせ
1872-12 給てしのひたれはおもひもよらすかいはなちつみちにていとわりなく
1872-13 おそろしきことのありつれはあやしきすかたになりてなんひくらうなせとのたまへ
1872-14 はあないみしとあはてまとひてひはとりやりつわれ人にみすなよきたりと
1873-01 て人をとろかすなといとらうらうしき御こころにてもとよりもほのかににたる
1873-02 御こゑをたたかの御けはひにまねひていりたまふゆゆしきことのさまとのたまひ
1873-03 つるいかなる御すかたならんといとをしくてわれもかくろへてみたてまつる
1873-04 いとほそやかになよなよとしやうそきてかのかうはしきこともおとらすちかく
1873-05 よりて御そともぬきなれかほにうちふしたたまへれは例のおましにこそなといへ
1873-06 とものものたまはす御ふすままいりてねつる人人おこしてすこししそきてみな
1873-07 ねぬ御ともの人なとれいのここにはしらぬならひにてあはれなるよのおはしましさま
1873-08 かなかかる御ありさまを御らんししらぬよなとさかしらかる人もあれ
1873-09 とあなかまたまへよこへはささめくしもそこかましきなといひつつねぬ女君
1873-10 はあらぬ人なりけりとおもふにあさましういみしけれとこゑをたにせさせたまは
1873-11 すいととつつましかりしところにてたにわりなかりし御こころなれはひたふるに
1873-12 あさましはしめよりあらぬ人としりたらはいささかいふかひもあるへきを
1873-13 ゆめのここちするにやうやうそのおりのつらかりしとしころおもひわたるさま
1873-14 のたまふにこのみやとしりぬいよいよはつかしうかのうへのおほさんことなと
1874-01 おもふに又たけきことなけれはかきりなうなくみやもなかなかにてたはやすく
1874-02 あひみらんことををほすになきたまふ夜はたたあけにあく御ともの人きてこはつくる
1874-03 右近ききてまいれりいて給へきここちもなくあかすあはれなるに又おはしまさ
1874-04 んこともかたけれは京にはもとめさはかるともけふはかりはかくてあら
1874-05 んなにこともいけるかきりのためにこそあれたたいまいてをはしまさんをまことに
1874-06 しぬへくおほさるれはこの右近をめしよせていと心ちなしとおもはれぬ
1874-07 へけれと今日はえいつましうなんあるをのこともはこのわたりちかからんところ
1874-08 によくかくろへてさふらへときかたは京へものしてやまてらにしのひてなんと
1874-09 つきつきしからんさまに人のいらへなとせよとの給にいとあさましくあきれてこころ
1874-10 もなかりけるよのあやまちををもふにここちもまとひぬへきをおもひしつめ
1874-11 ていまはよろつにおほほれさはくともかひあらし物からなめけなりあやしかり
1874-12 しおりにいとふかくおほしいれたりしもかうのかれさりける御すくせにこそあり
1874-13 けれ人のしたるわさかはと思なくさめてけふ御むかへにと侍しをいかにせさせ
1874-14 給はんとする御ことにかかうのかれきこえさせ給ましかりける御すくせはいと
1875-01 きこえさせ侍らんかたなしおりこそいとわりなう侍れなを今日はいておはしまし
1875-02 て御心さし侍はのとかにもときこゆおよすけてもいふかなとおほしてわか
1875-03 こころは月ころものおもひつるにほれはてにけれは人のもとかんもいはんもしら
1875-04 れすひたふるにおもひなりにたりすこしもみことをおもひははからん人のかかる
1875-05 ありきはおもひたちなんや御むかへにはけふはものいみなといへかし人に
1875-06 しらるましきことをたかためにもおもへかしこと事はかひなしとのたまひてこの
1875-07 人のよにしらすあはれにおほさるるままによろつのそしりもわすれ給ぬへし
1875-08 右近いててこのをとなう人にかくなんのたまはするをなをいとかたわならんと
1875-09 申させ給へあさましうめつらかなる御ありさまをさおほしめすともかかる御人とも
1875-10 の御こころにこそあらめいかてかく心をさなうはいてたてまつり給こそ
1875-11 なめけなることをきこえさするやまかつなとも侍ましかはいかならましといふ
1875-12 内記はけにいとわつらはしくもあるかなとおもひたてりときかたとおほせらるる
1875-13 はたれにかさなんとつたふわらひてかうかへ給こととものおそろしけれは
1875-14 さらすともにけてまかてぬへしまめやかにはをろかならぬ御けしきをみたてまつれ
1876-01 はたれもたれもみをすててなんよしよしとのゐ人もみなおきぬなりとていそきいて
1876-02 ぬ右近人にしらすましうはいかかはたはかるへきとわりなうおほゆ人人
1876-03 おきぬるにとのはさるやうありていみしうしのひさせ給けしきみたてまつれ
1876-04 はみちにていみしきことの有けるなめり御そともなとよさりしのひてもてまいる
1876-05 へくなんおほせられつるなといふこたちあなむくつけやこはたやまはいと
1876-06 をそろしかんなる山そかし例の御さきもをはせ給はすやつれておはしましけん
1876-07 にあないみしやといへはあなかまあなかまけすなとちりはかりもききたらんにいと
1876-08 いみしからむといひゐたる心ちもおそろしあやにくにとのの御つかひのあらん
1876-09 ときいかにせんとはつせの觀音今日ことなくてくらし給へとたいくわんをそたて
1876-10 けるいしやまにけふまうてさせんとてははきみのむかふるなりけりこの人も
1876-11 みなさうししきよまはりてあるにさらはけふはえわたらせ給ましきなめりいと
1876-12 くちをしきことといふひたかくなれはかうしなとあけて右近そちかくつかうまつり
1876-13 けるもやのすたれはみなおろしわたしてものいみなとかかせてつけたり
1876-14 ははきみもや身つからおはすとてゆめみさはかしかりつといひなすなりけり御てうつ
1877-01 なとまいりたるさまは例のやうなれとまかなひめさましくおほされてそこ
1877-02 にあらはせたまははとのたまふ女いとさまよう心にくき人をみならひたるに
1877-03 ときのまもみさらんにしぬへしとおほしこかるる人を心さしふかしとはかかる
1877-04 をいふにやあらんとおもひしらるるにもあやしかりけるみかなたれももののきこえ
1877-05 あらはいかにおほさんとまつかのうへの御こころをおもひいてきこゆたれ
1877-06 としらぬをかへすかへすいと心うしあらんままにのたまへいみしきけすといふとも
1877-07 いよいよなんあはれなるへきとわりなうとひたまへとその御いらへたえて
1877-08 せすこと事はいとをかしうけちかきさまにいらへきこえなとしてなひきたるを
1877-09 いとかきりなくらうたしこのみたまふひたかくなるほとにむかへの人きたり
1877-10 くるまふたつむまなる人人のれいのあららかなる七八人をのこともおほくら
1877-11 も例のしなしなしからぬけはひさへつりつついりきたれは人人かたはらいたかり
1877-12 つつあなたにかくれよといはせなとす右近いかにせんとのなんをはします
1877-13 といひたらんにけにさはかりの人おはしおはせすをのつからきかよひてかくれなき
1877-14 こともこそあれとおもひてこの人人にもことにいひあはせす返事かく
1878-01 よへよりけかれさせたまひていとくちをしきことをおほしなけくめりしにこよひ
1878-02 ゆめみさはかしくみえさせ給へれはけふはかりつつしませたまへとてなんものいみ
1878-03 にて侍る返々くちおしうもののさまたけのやうにみたてまつり侍とかき
1878-04 て人人にものなとくはせてやりつあま君にもけふはものいみにてわたらせ給は
1878-05 すなりぬといはせたり例はくらしかたくのみかすめるやまきはをなかめわひ給にくれゆく
1878-06 はわひしうのみおほしいらるる人にひかれたてまつりていとはかなくくれ
1878-07 ぬまきるることなくのとけき春ひにみれともみれともあかすその事とおほゆる
1878-08 くまなくあいきやうつきなつかしうをかしけなりさるはかのたいの御かたには
1878-09 をとりたり大とののきみのさかりににほい給へるあたりにてはこよなかるへき
1878-10 ほとの人をたくひなくおほさるるほとなれはまたしらすをかしとのみみたまふ
1878-11 女はまた大將とのをいときよけにかかる人あらんやとみしかとこまやかににほひ
1878-12 きよらなることはこよなくおはしけりとみるすすりひきよせててならひなと
1878-13 し給いとをかしけにかきすさみゑなとをみところおほくかきたまへれはわかき
1878-14 心ちにはおもひうつりぬへし心よりほかにみさらんほとはこれをみたまへ
1879-01 よとていとをかしけなるおとこをむなもろともにそひふしたるかたをかきたまひ
1879-02 てつねにかくてあらはやなとの給もなみたをちぬ
1879-03 なかきよをたのめてもなをかなしきはたたあすしらぬいのちなりけりいと
1879-04 かうおもふこそゆゆしけれ心に身をもさらにえまかせすよろつにたはからんほと
1879-05 まことにしぬへくなんおほゆるつらかりし御さまをなかなかなににたつねいて
1879-06 けんなとのたまふ女ぬらしたまへるふてをとりて
1879-07 こころをはなけかさらましいのちのみさためなきよとおもはましかはとある
1879-08 をかはらんをはうらめしうおもふへかりけりとみたまふにもいとらうたしいかなる
1879-09 人の心かはりをみならひてなとほほゑみて大將のここにわたしはしめ給
1879-10 けんほとをかへすかへすゆかしかり給てとひたまふをくるしかりてえいはれぬこと
1879-11 をかうのたまふこそとうちえむしたるさまもわかひたりをのつからそれはききいて
1879-12 てんとおほすものからいはせまほしきそわりなきやよさり京へつかはしつる
1879-13 たいふまいりて右近にあひたりきさいのみやよりも御つかひまいて右(の)大殿も
1879-14 むつかりきこえさせ給て人にしられさせ給はぬ御ありきはいとかろかろしうなめけなる
1880-01 事もあるをすへてうちなとにきこしめさんことも身のためなんいとからき
1880-02 といみしく申させたまひけりひんかしやまにひしりこらんしにとなん人に
1880-03 はものし侍つるなとかたりて女こそつみふかうおはするものはあれすすろなる
1880-04 けそうの人をさへまとはし給てそらことをさへせさせ給よといへはひしりの名
1880-05 をさへつけきこえさせ給てけれはいとよしわたくしのつみもそれにてほろほし
1880-06 給はんまことにいとあやしき御心のかまへはけにいかてかならはせ給けんかねてかう
1880-07 おはしますへしとうけたまはらましにもいとかたしけなけれはたはかりきこえさせ
1880-08 てましものをあふなき御ありきにこそはとあつかひきこゆまいりてさなと
1880-09 まねひきこゆれはけにいかならんとおほしやるにところせきみこそわひしけれ
1880-10 かるらかなるほとの殿上人なとにてしはしあらはやいかかすへきかうつつむ
1880-11 へき人めもえははかりあふましくなん大將もいかに思はんとすらんとさるへきほと
1880-12 とはいひなからあやしきまてむかしよりむつましきなかにかかるこころのへたて
1880-13 のしられたらんときはつかしう又いかにそやよのたとひにいふこともあれは
1880-14 まちとをなるわかをこたりもしらすうらみられ給はんをさへなんおもふゆめにも
1881-01 人にしられたまふましきさまにてここならぬところにいてたてまつらんとそ
1881-02 のたまふけふさへかくてこもりゐたまふへきならねはいてたまひなんとするに
1881-03 もそてのなかにそととめたまへらんかしあけはてぬさきにと人人しはふきおとろかし
1881-04 きこゆつまとにもろともにゐておはしてえいてやり給はす
1881-05 よにしらすまとふへきかなさきにたつなみたもみちをかきくらしつつ女も
1881-06 かきりなくあはれとおもひけり
1881-07 なみたをもほとなきそてにせきかねていかにわかれをととむへき身そ風の
1881-08 をともいとあらましく霜ふかきあか月にをのかきぬきぬもひややかになりたる
1881-09 心地して御馬にのり給ほとひきかへすやうにあさましけれと御ともの人人いとたはふれにくし
1881-10 とおもひてたたいそかしにいそかしいつれは我にもあらていてたまひぬこの五位
1881-11 二人なん御馬のくちにそさふらひけるさかしきやまこへいててそおのおのむま
1881-12 にはのるみきわのこほりをふみならすむまのあしをとさへこころほそくかなし
1881-13 むかしもこのみちにのみこそはかかるやまふみはしたまひしかはあやしかり
1881-14 けるさとのちきりかなとおほす二条の院におはしまして女君のいと心うかりし
1882-01 御ものかくしもつらけれはこころやすきかたにおとのこもりぬるにねられたまは
1882-02 すいとさひしきにものおもひまされはこころよはくたいにわたり給ぬなにこころなく
1882-03 いときよけにておはすめつらしくをかしとみたまひしひとよりも又これ
1882-04 はなをありかたきさまはしたまへりかしとみたまふものからいとよくにたる
1882-05 をおもひいて給もむねふたかれはいたくものおほしたるさまにて御き丁にいりて
1882-06 おほとのこもる女君もいていりきこえ給て心ちこそいとあしけれいかならんと
1882-07 するにかと心ほそくなんあるまろはいみしうあはれとみをいたてまつるとも御ありさま
1882-08 はいととうかはりなんかし人のほいはかならすかなうなれはとの給けしからぬ
1882-09 ことをもまめやかにさへのたまふかなとおもひてかうききにくきこと
1882-10 のもりてきこえたらはいかやうにきこえなしたるにかと人もおもひより給はん
1882-11 こそあさましけれ心うきみにはすすろなることもいとくるしくとてそむきたまへ
1882-12 りみやもまめたちたまひてまことにつらしとおもひきこゆることもあらんは
1882-13 いかかおほさるへきまろは御ためにをろかなる人かはひともありかたしなととかむる
1882-14 まてこそあれひとにはこよなう思おとし給へかめりそれもさるへき
1883-01 にこそはとことはらるるをへたてたまふ御こころのふかきなんいとこころうき
1883-02 とのたまふにもすくせのをろかならてたつねよりたるそかしとおほしいつる
1883-03 になみたくまれぬまめやかなるをいとをしういかなることをききたまへるなら
1883-04 んとおとろかるるにいらへきこえたまはんこともなしものはかなきさまにてみそめ
1883-05 たまひにしになにことをもかろらかにをしはかり給にこそあらめすすろなる人
1883-06 をしるへにてそのこころよせををもひしりはしめなとしたるあやまちはかりに
1883-07 おほえおとる身にこそとおほしつつくるもよろつかなしくていとらうたけなる
1883-08 御けはひなりかの人みつけたることはしはしきかせたてまつらしとおほせは
1883-09 ことさまにおもはせてうらみ給をたたこの大將の御ことをまめまめしくのたまふ
1883-10 とおほすに人やそらことをたしかなるやうにきこえたらんなとおほすありや
1883-11 なしやをきかぬまはみえたてまつらんもはつかし内より大みやの御ふみあるに
1883-12 おとろきたまひてなをこころとけぬ御けしきにてあなたにわたり給ぬ昨日のおほつかなさ
1883-13 をなやましくおほされたるよろしうはまいり給へひさしうもなり
1883-14 にたるをときこへたまへれはさはかれたてまつらんもくるしけれとまことに御心ち
1884-01 もたかひたるやうにてその日はまいりたまはす上達部なとあまたまいりたまへ
1884-02 れとみすのうちにてくらし給ゆふつかた右大將まいり給へりこなたにをと
1884-03 てうちとけなからたいめんしたまへりなやましけにおはしますと侍つれはみや
1884-04 にもいとおほつかなくおほしめしてなんいかやうなる御なやみにかときこえたまふ
1884-05 みるからに御こころさはきのいととまされはことすくなにてひしりたつと
1884-06 いひなからこよなかりけるやまふしこころかなさはかりあはれなる人をさてをき
1884-07 てこころのとかに月ひをまちわひさすらんよとおほすれいはさしもあらぬことのついて
1884-08 にたにわれはまめ人ともてなしなのり給をねたかり給てよろつにの給やふる
1884-09 をかかることみあらはしたるをいかにの給はましされとさやうのたはれこと
1884-10 もかけたまはすいとくるしけにみえ給へはふひなるわさかなをとろをとろしから
1884-11 ぬ御心地のさすかに日かすふるはいとあしきわさに侍り御風よくつくろは
1884-12 せ給へなとまめやかにきこえをきていてたまひぬはつかしけなる人なりかし我(か)
1884-13 ありさまをいかにおもひくらへけんなとさまさまなることにつけつつもたたこの
1884-14 人をときのまわすれすおほしいつかしこにはいしやまもとまりていとつれつれなり
1885-01 御文にはいといみしき事をかきあつめたまひてつかはすそれたにこころやすから
1885-02 すときかたとめししは大夫のすさのもののこころもしらぬしてなんやりける
1885-03 右近かふかくしれりける人のとのの御ともにてたつねいてたるさらかへりて
1885-04 ねんころかるともたちにいひきかせたりよろつ右近そそらことをしならひ
1885-05 ける月もたちぬかうおほしいらるれとおはしますことはいとわりなしかうのみ
1885-06 ものををもははさらにえなからふましきみなめりと心ほそさをそえてなけき給
1885-07 大將殿すこしのとかになりぬるころ例のしのひておはしたりてらにほとけなと
1885-08 をかみたまふみす經せさせたまふ僧にものたまひなとしてゆふつかたここには
1885-09 しのひたれとこれはわりなくもやつし給はすえほうしなをしのすかたあらまほしく
1885-10 きよけにてあゆみいりたまふよりはつかしけにようゐことなり女いかてみえ
1885-11 たてまつらんとすらんとそらさへはつかしくおそろしきあなかちなりし人
1885-12 の御ありさまうちおもひいてらるるにまたこの人にみえたてまつらんをおもひやる
1885-13 なんいみしう心うきわれはとしころみる人をもみなおもひかはりぬへき心ち
1885-14 なんするとのたまひしをけにそののち御ここちくるしとていつくにもいつくにも例の
1886-01 御ありさまならてみすほうなとさはくるをきくにも又いかにききておほさ
1886-02 んとおもふもいとくるしこの人はたいとけはひことにこころふかくなまめかしき
1886-03 さましてひさしかりつる程のをこたりなとのたまふもことおほからすこひし
1886-04 かなしとをりたたねとつねにあひみぬこひのくるしさをさまよき程にうちのたまへ
1886-05 るいみしくいふにはまさりていとあはれと人のおもひぬへきさまをしめたまへ
1886-06 るひとさまなりえんなるかたはさるものにてゆくすゑなかく人のたのみぬ
1886-07 へきこころはへなとこよなくまさりたまへりおもはすなるさまのこころはへなと
1886-08 もりきかせたらんときもなのめならすいみしくこそあんへけれあやしううつし心
1886-09 もなうおほしいらるる人をあはれとおもふもそれはいとあるましくかろき
1886-10 ことそかしこの人にうしとおもはれてわすれたまひなんこころほそさはいとかう
1886-11 しみにけれはおもひみたれたるけしきを月ころにこよなうもののこころしり
1886-12 ねひまさりにけりつれつれなるすみかのほとにおもひのこすことはあらしかし
1886-13 とみたまふもこころくるしけれはつねよりも心ととめてかたらひたまふつくら
1886-14 するところやうやうよろしうなしてけり一日なんみしかはここよりはけちかき
1887-01 みつも花もみたまひつへし三条のみやもちかき程なりあけくれおほつかなきへたて
1887-02 もおのつからあるましきをこの春のほとにさりぬへくはわたしてんとおもひ
1887-03 てのたまふもかの人ののとかなるへきところおもひまうけたりと昨日ものたまへ
1887-04 りしをかかることもしらてさおほすらんよとあはれなからもそなたになひく
1887-05 へきにはあらすかしとおもふからにありし御さまのおもかけにおほゆれはわれ
1887-06 なからもうたてこころうのみやとおもひつつけてなきぬ御心はへのかからて
1887-07 おいらかなりしこそのとかにうれしかりしか人のいかにきこえししせたること
1887-08 かあるすこしもおろかならんこころさしにてはかうまてまかりくへき身のほと
1887-09 みちのありさまになんあらぬをなとついたちころのゆふつくよにすこしはしちかう
1887-10 ふしてなかめいたし給へりおとこはすきにしかたのあはれをおもほしいて女
1887-11 はいまよりそひたる身のなけきくはへてかたみにものおもはしやまのかたはかすみ
1887-12 へたててさむきすさきにたてるかささきのすかたもところからはいとをかしう
1887-13 みゆるにうちはしのはるはるとみわたさるるにしはつみふねところところに
1887-14 ゆきちかひたるなとほかにてめなれぬこととものみとりあつめたるところなれ
1888-01 はみたまふたひことになをそのかみのことのたたいまの心ちしていとかからぬ
1888-02 人をみかはしたらんたにめつらしきなかのあはれおほかりぬへきほとなりまいて
1888-03 こひしき人によそへられたるもこよなからすやうやうもののこころしりみやこなれゆく
1888-04 ありさまのおかしきにもこよなくみまさりしたるここちしたまふ女
1888-05 はかきあつめたるこころのうちにもをさるるなみたともすれはいてたつをなくさめかね
1888-06 給つつ
1888-07 うちはしのなかきちきりはくちせしをあやふむかたにこころさはくないま
1888-08 みたまひてんとのたまふ
1888-09 たえまのみよにはあやうきうちはしをくちせぬものとなをたのめとやさきさき
1888-10 よりもいとみすてかたくしはしもたちとまらまほしくおほさるれとひとの
1888-11 ものいひやすからぬにいまさらなりこころやすきさまにてこそなとおほしなし
1888-12 てあか月にかへりたまひぬいとようもおとなひたりつるかなと心くるしうおほしいつる
1888-13 ことありしにまさりけりきさらきの十日のほとに内にふみつくらせ給
1888-14 とてこのみやも大將もまいりあひたまへりおりにあひたるもの(の)しらへともに
1889-01 みや御こゑはいとめてたくてむめかへなとうたひたまふなに事も人よりはこよなう
1889-02 まさりたまへる御さまにてすすろなることおほしいてらるるのみなんつみ
1889-03 ふかかりけるゆきにはかにふりみたれかせなとはけしけれは御あそひとくやみ
1889-04 ぬこの宮の御とのゐところに人人まいり給ものまいりなとしてうちやすみ
1889-05 たまへり大將人にもののたまはんとてすこしはしちかういてたまへるにゆきやうやう
1889-06 つもるかほしのひかりにおほおほしきをやみはあやなしとおほゆるにほひ
1889-07 ありさまにてころもかたしきこよひもやとうちすむしたまへるもはかなきこと
1889-08 をくちすさみにのたまへるもあやしくあはれなるけしきそへたる人さまにて
1889-09 いとものふかけなりことしもこそあれみやはねたるやうにて御こころさはくおろかに
1889-10 はおもはぬなめりかしかたしくそてをわれのみおもひやる心ちしつるを
1889-11 おなしこころなるもあはれなりわひしくもあるかなかはかりなるもとつ人ををき
1889-12 てわかかたまさるおもひはいかてつくへきそとねたうおほさるつとめてゆき
1889-13 のいとたかうつもりたるにふみたてまつりたまはんとて御前にまいりたまへ
1889-14 る御かたちこのころいみしくさかりにきよけなりかのきみもおなしほとにていまふたつみつ
1890-01 まさるけちめにやすこしねひまされるけしきよういなとそことさらにしも
1890-02 つくりたらんあてなるおとこのほんにしつへくものしたまふみかとの御むこ
1890-03 にてあかぬことなしとそよ人もことはりけるさえなともおほやけおほやけしきかた
1890-04 もおくれすそおはすへきふみかうしはててみな人まかてたまふみやの御文を
1890-05 すくれたりとすんしののしれとなにともききいれ給はすいかなる心にてかかる
1890-06 ことをもしいつらんとそらにのみおほしほれたるかのひとの御けしきにもいとと
1890-07 おとろかれ給けれはあさましうたはかりておはしましたり京にはともまつはかり
1890-08 きえのこりたるゆきやまふかくいるままにややふりうつみたりつねよりも
1890-09 わりなきまれのほそみちをわけたまふほと御ともの人もなきぬはかりおそろしう
1890-10 わつらはしきことをさへおもふしるへの内記はしきふの少輔なんかけたりける
1890-11 いつかたもいつかたもことことしかるへきつかさなからいとつきつきしうひきあけ
1890-12 なとしたるすかたもおかしかりけりかしこにはおはせんとありつれとかかるゆき
1890-13 にはとうちとけたるに夜ふけて右近にせうそこしたりあさましうあはれときみ
1890-14 もおもへり右近はいかになりはて給へき御ありさまにかとかつはくるしけれ
1891-01 とこよひはつつましさもわすれぬへしいひかへさむかたもなけれはおなしやうに
1891-02 むつましくおほいたるわかき人のこころさまもあふなからぬをかたらひていみしく
1891-03 わりなきことおなし心にもてかくし給へといひてけりもろともにいれたてまつる
1891-04 みちのほとにぬれたまへる御そのかのところせうにほふももてわつらひぬへけれ
1891-05 とかのひとの御けはひににせてなんもてまきらはしける夜のほとにてたちかえり
1891-06 たまはんも中中なるへけれはここのひとめもいとつつましさにときかた
1891-07 にたはからせ給てかはよりおちなる人のいゑにゐておはせんとかまへたりけれ
1891-08 はさきたててつかはしたりけるよふくる程にまいれりいとよくようゐしてさふらふ
1891-09 と申さすこはいかにしたまふことにかと右近もいと心あはたたしけれは
1891-10 ねをひれておきたる心ちもわななかれてあやしわらへのゆきあそひしたるけはひ
1891-11 のやうにそふるひあかりにけるいかてかなともいひあえさせ給はすかきいたき
1891-12 ていてたまひぬ右近はここのうしろみにととまりてししうをそたてまつるいと
1891-13 はかなけなるものとあけくれみいたすちひさきふねにのり給てさしわたり給
1891-14 程はるかならんきしにしもこきはなれたらんやうに心ほそくおほえてつとつき
1892-01 ていたかれたるもいとらうたしとおほすありあけの月すみのほりて水のおもて
1892-02 もくもりなきにこれなんたちはなのこしまと申して御ふねしはしさしととめたる
1892-03 をみ給へはおほきやかなるいはのさましてされたるときは木のかけしけれり
1892-04 かれみたまへいとはかなけなれとちとせもふへきみとりのふかさをとのたまひ
1892-05 て
1892-06 としふともかはらんものかたちはなのこしまのさきにちきるこころは女も
1892-07 めつらしからん道のやうにおほえて
1892-08 たちはなのこしまのいろはかはらしをこのこのうきふねそゆくゑしられぬをりから
1892-09 人のさまをかしくのみなに事もおほしなすかのきしにさしつきており給
1892-10 に人にいたかせたまはんはいと心くるしけれはいたき給てたすけられつついり給
1892-11 をいとみくるしくなに人をかくもてさはき給らんとみたてまつるときかたかおち
1892-12 のいなはのかみなるからうするさうにはかなくつくりたるいゑなりけりまた
1892-13 いとあらあらしきにあしろ屏風なと御らんしもしらぬしつらひにて風もことに
1892-14 さはらすかきのもとにゆきむらきえつついまもかきくもりてふる日さしいてて
1893-01 のきのたるひのひかりあひたるにひとの御かたちもまさる心ちすみやもところせき
1893-02 みちの程にかるらかなるへきほとの御そともなり女もぬきすへさせ給てしか
1893-03 はほそやかなるすかたつきいとをかしけなりひきつくろふこともなくうちとけ
1893-04 たるさまをいとはつかしくまはゆきまてきよらなる人にさしむかひたるよと
1893-05 おもへとまきれんかたもなしなつかしきほとなるしろきかきりをいつつはかり
1893-06 そてくちすそのほとまてなまめかしくいろいろにあまたかさねたらんよりもなつかしう
1893-07 きなしたりつねにみたまふ人とてもかくまてうちとけたるすかたなと
1893-08 はみならひたまはぬをかかるさへそなをめつらかにおかしうおほされけるししう
1893-09 もいとめやすきわか人なりけりこれさへかかるをのこりなうみるよと女きみ
1893-10 はいみしと思ふみやもこれはまたたそわかなもらすなよとくちかため給ふをいと
1893-11 めてたしとおもひきこえたりここのやともりにてすみけるものときかたをしう
1893-12 とおもひてかしつきありけはこのおはしますやりとをへたててところえかほに
1893-13 ゐたりこゑひきししめかしこまりてものかたりしけるをいらへもえせすおかし
1893-14 とおもひけりいとおそろしううらなひたるものいみにより京のうちをさへさり
1894-01 てつつしむなりほかの人よすなといひたり人めもたえて心やすくかたらひくらし
1894-02 たまふかの人のものし給へりけんにかくてみえけんかしとおほしやりていみしく
1894-03 うらみ給二のみやをいとやむことなくてもちたてまつりたまへるありさま
1894-04 なともかたり給かのみみととめたまひしひと事はのたまひいてぬそにくきや
1894-05 ときかた御てうつ御くた物なととりつきてまいるを御らんしていみしくかしつか
1894-06 るめるまらうとのぬしさてなみえそやといましめ給ふししういろめかしきわかうと
1894-07 の心ちにいとおかしと思てこのたいふとそものかたりしてくらしけるゆき
1894-08 のふりつもれるにかのわかすむかたをみやりたまへれはかすみのたえたえに
1894-09 こすゑはかりみゆやまはかかみをかけたるやうにきらきらとゆふひにかかやき
1894-10 たるによへわけこし道のわりなさなとあはれおほくそひてかたり給
1894-11 みねのゆきみきはのこほりふみわけて君にそまとふみちはまとはすこはたのさと
1894-12 にむまはあれとなとあやしきすすりめしいててならひ給
1894-13 ふりみたれみきはにこほるゆきよりもなかそらにてそわれはけぬへきとかきけち
1894-14 たりこの中そらをとかめ給けににくくもかきてけるかなとはつかしくてひきやり
1895-01 つさらてたにみるかひある御ありさまをいよいよあはれにいみしと人の
1895-02 こころにしめられむとつくしたまふ事のはけしきいはんかたなし御ものいみふつか
1895-03 とたはかり給へれはこころのとかなるままにかたみにあはれとのみふかく
1895-04 おほしまさる右近はよろつにれいのいひまきらはして御そなとたてまつりたり
1895-05 けふはみたれたるかみすこしけつらせてこききぬにこうはいのおり物なとあはひ
1895-06 おかしうきかへてゐ給へりししうもあやしきしひらきたりしをあさやきたれ
1895-07 はそのもをとり給てきみにきせ給て御てうつまいらせ給ひめみやにこれをたてまつり
1895-08 たらはいみしきものにし給てんかしいとやむことなききはの人おほかれ
1895-09 とかはかりのさましたるはかたくやとみ給かたわなるまてあそひたはふれつつ
1895-10 くらしたまふしのひてゐてかくしてん事を返々の給その程かのひとにみえたら
1895-11 はといみしき事ともをちかはせ給へはいとわりなきことと思ひていらへもやます
1895-12 なみたさへおつるけしきさらにめのまへにたにおもひうつらぬなめりとねたう
1895-13 むねいたうおほさるうらみてもなきてもよろつのたまひあかして夜ふかくゐ
1895-14 てかへりたまふれいのいたきたまふいみしくおほすめる人はかうはよもあらし
1896-01 よみしり給たりやとのたまへはけにとおもひてうなつきてゐたるいとらうたけなり
1896-02 右近つまとはなちていれたてまつるやかてこれよりわかれていてたまふ
1896-03 もあかすいみしとおほさるかやうのかへさは猶二条にそおはしますいとなやましう
1896-04 したまひてものなとたえてきこしめさすひをへてあをみやせ給御けしきも
1896-05 かはるをうちにもいつくにもおもほしなけくにいととものさはかしくて御ふみ
1896-06 たにこまかにはえかきたははすかしこにもかのさかしきめのとむすめのこうむ
1896-07 ところにいてたりけるかへりきにけれはこころやすくもえみすかくあやしきすまひ
1896-08 をたたかのとののもてなしたまはんさまをゆかしくまつ事にてははきみも
1896-09 思ひなくさめたるにしのひたるさまなからもちかくわたしてんことをおほしなり
1896-10 にたれはいとめやすくうれしかるへき事におもひてやうやう人もとめわらは
1896-11 のめやすきなとむかへておこせ給わかこころにもそれこそはあるへき事にはしめ
1896-12 よりまちわたれとはおもひなからあなかちなるひとの御事をおもひいつるに
1896-13 うらみたまひしさまのたまひし事ともおもかけにつとそひていささかまとろめ
1896-14 はゆめにみえ給つついとうたてあるまておほゆあめふりやまてひころおほくなる
1897-01 ころいととやまちおほしたえてわりなくおほされけれはおやのかうこはところせき
1897-02 ものにこそとおほすもかたしけなしつきせぬことともかきたまひて
1897-03 なかめやるそなたの雲もみえぬまてそらさへくるるころのわひしさふてに
1897-04 まかせてかきみたり給へるしもみところありをかしけなりことにいとおもくなと
1897-05 はあらぬわかき心ちにいととかかるをおもひもまさりぬへけれとはしめより
1897-06 ちきり給しさまもさすかにかれは猶いとものふかう人からのめてたきなともよの中
1897-07 をしりにしはしめなれはにやかかるうき事ききつけておもひうとみ給なん
1897-08 よにはいかてかあらんいつしかとおもひまとふおやにもおもはすに心つきなし
1897-09 とこそはもてわつらはれめかくこころいられしたまふ人はたいとあたなる御本上
1897-10 とのみききしかはかかるほとこそあらめ又かうなから京にもかくしすゑ給ひ
1897-11 なからへてもおほしかすまへむにつけてはかのうへのおほさん事よろつかくれなき
1897-12 よなりけれはあやしかりしゆふくれのしるへはかりにたにかうたつねいて
1897-13 たまふめりましてわかありさまのともかくもあらんをわか心もきすありてかの
1897-14 ひとにうとまれたてまつらん猶いみしかるへしとおもひみたるるおりしもかの
1898-01 殿より御つかひありこれかれとみるもうたてあれは猶事おほかりつるをみつつ
1898-02 ふし給へれはししう右近みあはせてなをうつりにけりなといはぬやうにていふ
1898-03 事はりそかしとのの御かたちをたくひおはしまさしとみしかとこの御ありさま
1898-04 はいみしかりけりうちみたれたまへるあい行よまろならはかはかりの御おもひ
1898-05 をみるみるゑかくてあらしきさいの宮にもまいりてつねにみたてまつりてんと
1898-06 いふ右近うしろめたの御こころのほとやとのの御ありさまにまさり給人はたれ
1898-07 かはあらんかたちなとはしらす御こころはへけはひなとよ猶この御事はいとみくるしき
1898-08 わさかないかかならせ給はんとすらんとふたりしてかたらふ心ひとつに
1898-09 おもひしよりはそら事もたよりいてきにけりのちの御ふみには思なからひころ
1898-10 になる事ときときはそれよりもおとろかい給はんこそおもふさまならめおろかなる
1898-11 にやはなとはしかきに
1898-12 みつまさるおちのさと人いかならんはれぬなかめにかきくらすころつねより
1898-13 も思やりきこゆる事まさりてなんしろきしきしにたてふみなり御てもこまかに
1898-14 おかしけならねとかきさまゆへゆへしくみゆみやはいとおほかるをちゐさく
1899-01 むすひなし給へるさまさまおかしまつかれを人みぬほとにときこゆけふはきこゆ
1899-02 ましとはちらひててならひに
1899-03 さとのなを我(か)身にしれはやましろのうちのわたりそいととすみうき宮のかき
1899-04 たまへりしゑを時時みてなかれけりなからへてあるましき事そととさまかうさまに
1899-05 おもひなせとほかにたえこもりてやみなんはいとあはれにおほゆへし
1899-06 かきくらしはれせぬみねのあまくもにうきてよをふる身をもなさはやましり
1899-07 なはときこえたるをみやはよよとおほしやるにもものおもひてゐたらんさま
1899-08 のおもかけにみえたまふまめ人はのとかにみたまひつつあはれいかになかむらん
1899-09 と思やりていと戀し
1899-10 つれつれと身をしるあめのおやまねは袖さへいととみかさまさりてとある
1899-11 をうちもおかすみ給女みやにものかたりなときこえ給てのついてになめしとも
1899-12 やおほさんとつつましなからさすかにとしへぬる人の侍をあやしきところにすてをき
1899-13 ていみしくものおもふなるか心くるしさにちかうよひよせてとおもひ侍
1899-14 むかしよりことやうなるこころはへ侍し身にて世(の)中をすへてれいの人ならてすくし
1900-01 てんとおもひ侍しをかくみたてまつるにつけてひたふるにもすてかたけれ
1900-02 はありと人にしらせさりし人のうへさへ心くるしうつみへぬへきここちして
1900-03 なんときこえ給へはいかなることに心をくものともしらぬをといらへ給ふ内に
1900-04 なとあしさまにきこしめさする人や侍らん世の人のものいひそいとあちきなく
1900-05 けしからす侍やされとそれはさはかりのかすにたに侍ましなときこえたまふつくり
1900-06 たるところにわたしてんとおほしたつにかかるれうなりけりなとはなやかに
1900-07 いひなす人やあらんなとくるしけれはいとしのひてさうしはらすへき事なと
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1900-09 こころやすきままにのたまひつけたりけれはききつけて宮にはかくれなくきこえ
1900-10 けりゑしともなとも御すいしんともの中にあるむつましき殿人なとをえりて
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1900-12 すらうのめにてくたるいへしもつかたにあるをいとしのひたる人しはしかくい
1900-13 たらんとかたらひたまひけれはいかなる人にかはとおもへとたいしとおほし
1900-14 たるにかたしけなけれはさらはときこえけりこれをまうけ給てすこし御こころ
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1901-02 かくなん思ふゆめゆめといひやり給つつおはしまさん事はいとわりなく
1901-03 あるうちにもここにもめのといとさかしけれはかたかるへきよしをきこゆ
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1901-14 とけふもの給つるをいかにせんと心ちあしくてふし給へりなとかくれいならす
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1902-13 ことさらにはえ思たち侍しかかるたいめんのおりおりにむかしのこと
1902-14 もこころのとかにきこえうけ給はらまほしけれなとかたらふゆゆしきみとのみ
1903-01 おもふ給へしみにしかはこまやかにみたてまつりきこえさせんもなにかはと
1903-02 つつましくすくし侍つるをうちすててわたらせ給なはいとこころほそくなん侍
1903-03 へけれとかかる御すまゐは心もとなくのみみたてまつるをうれしくも侍へかなる
1903-04 かなよにしらすおもおもしくおはしますへかめるとのの御ありさまにてかく
1903-05 たつねきこえさせ給しもおほろけならしときこえおき侍にしうきたる事にやは
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1903-07 につけてもたた御しるへをなん思いてきこゆる宮のうへのかたしけなくあはれに
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1903-09 御身なりとおもひなけき侍てといふあまきみうちわらひてこのみやのいとさはかしき
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1903-11 なんおほかたはいとめてたき御ありさまなれとさるすちの事にてうへのなめし
1903-12 とおほさんなんわりなきとたいふかむすめのかたり侍しといふにもさりやまして
1903-13 ときみはききふし給へりあなむくつけやみかとの御むすめをもちたてまつり
1903-14 給へる人なれとよそよそにてあしくもよくもあらんはいかかはせんとおほけなく
1904-01 思なし侍よからぬことをひきいてたまへらましかはすへて身にはかなしく
1904-02 いみしとおもひきこゆとも又みたてまつらさらましなといひかはす事ともにいとと
1904-03 心きももつふれぬ猶わか身をうしなひてはやつゐにききにくき事はいてき
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1904-05 もありかし世ににすあらましきところにしもとし月をすくしたまふをあはれ
1904-06 とおほしぬへきわさになんとはは君したりかほにいひゐたりむかしよりこの
1904-07 かはのはやくおそろしきことをいひてさいつころわたしもりかむまこのわらは
1904-08 さほさしはつしておちいり侍にけるすへていたつらになる人おほかる水に侍り
1904-09 とひとひともいひあえりきみはさてもわか身ゆくゑもしらすなりなはたれもたれも
1904-10 あえなくいみしとしはしこそおもふたまはめなからへてひとわらへにうき
1904-11 こともあらんはいつかそのものおもひのたえんとすると思ひかくるにはさはりところ
1904-12 もあるましうさはやかによろつなさるれとうち返しいとかなしおやのよろつ
1904-13 におもひいふありさまをねたるやうにてつくつくとおもひみたるなやましけに
1904-14 てやせ給へるをめのとにもいひてさるへき御いのりなとせさせ給へまつり
1905-01 はらへなともすへきやうなといふみたらしかはにみそきせまほしけなるをかく
1905-02 もしらてよろついひさはく人すくななめりよくさへからんあたりをたつねて
1905-03 いままいりはととめ給へやむことなき御なからひはさうしみこそなに事もおいらかに
1905-04 おほさめよからぬ中となりぬるあたりはわつらはしきこともありぬへし
1905-05 かくしひそめてさるこころし給へなと思いたらぬ事なくいひをきてかしこにわつらひ
1905-06 侍る人もおほつかなしとてかへるをいとものおもはしくよろつ心ほそけれ
1905-07 は又あひみてもこそともかくもなれとおもへは心ちのあやしく侍にもみたてまつら
1905-08 ぬかいとおほつかなくおほえ侍をしはしもまいりこほしくこそとしたふ
1905-09 さなん思侍れとかしこもいとものさはかしく侍りこの人人もはかなきことなと
1905-10 しやるましくせはくなと侍れはなんたけふのこうにうつろひ給ともしのひ
1905-11 てはまいりきなんをなをなをしき身の程はかかる御ためこそいとをしく侍れなと
1905-12 うちなきつつの給とのの御文は今日もありなやましときこえたりしをいかか
1905-13 ととふらひ給へり身つからと思ひ侍をわりなきさはりおほくてなんこのほとの
1905-14 くらしかたさこそ中中くるしくなとあり宮は昨日の御返もなかりしをいかに
1906-01 おほしたたよふそかせのなひかんかたもうしろめたくなんいととほれまさりて
1906-02 なかめ侍なとこれはおほくかき給へりあめふりし日きあひたりし御つかひとも
1906-03 そけふきたりけるとののみすいしんかの少輔かいゑにて時時みるをのこなれ
1906-04 はまうとはなしにここにはたひたひまいるそととふわたくしにとふらふへき人
1906-05 のもとにまうてくるなりといふわたくしの人にやえんなるふみはとらするけしきある
1906-06 まうとかなものかくしはなにそといふまことはこのかうのきみの御ふみ
1906-07 女房にたてまつり給といへは事たかひつつあやしとおもへとここにてさためいは
1906-08 むもことやうなるへけれはおのおのまいりぬかとかとしきものにそともにある
1906-09 わらはをこのをのこにさりけなくてよつけよさゑもんのたいふのいゑにやいる
1906-10 とみせけれはみやにまいりてしきふのせうになん御文とらせ侍つるといふさまて
1906-11 たつねむものともいますこしおとりのけすはおもはすことの心をもふかうしらさりけれ
1906-12 はとねりの人にみあらはされにけんそくちをしきやとのにまいりていまいて
1906-13 給はんとするほとに御文たてまつらすなをしにて六条の院にきさいの宮のいて
1906-14 させ給へるころなれはまいり給なりけれはことことしくこせんなとあまたもなし
1907-01 御ふみまいらする人にあやしきことの侍りつるみたまへさためんとていままて
1907-02 さふらひつるといふをほのきき給てあゆみいて給ままになに事そととひたまふ
1907-03 このひとのきかんもつつましと思てかしこまりておりとのもしかみしり給て
1907-04 いてたまひぬ宮れいならすなやましけにおはしますとて宮たちもみなまいり給へ
1907-05 りかんたちめなとおほくまいりつとひてさはかしけれとことなる事もおはしまさ
1907-06 すかの内記は上くわんなれはをくれてそまいれるこの御ふみもたてまつる
1907-07 を宮大はんところにおはしましてとくちにめしよせてとりたまふを大將おまへ
1907-08 のかたよりたちいてたまふそはめにみとをし給てせちにもおほへかめるふみ
1907-09 のけしきかなとおかしきにたちとまり給へりひきあけてみたまふくれなゐのうすやう
1907-10 にこまやかにかきたるへしとみゆふみにこころいれてとみにもむき給は
1907-11 ぬにおとともたちてとさまにおはすれはこの君はさうしよりいて給ておとと
1907-12 いてたまふとうちしはふきておとろかいたてまつり給ひきかくし給へるにそおとと
1907-13 さしのそき給へるおとろきて御ひもさし給とのもついゐ給てまかて侍ぬへし
1907-14 れいの御しやけのひさしくおこらせ給はさりつるをおそろしきわさなりや山のさす
1908-01 たたいまさうしにつかはさんといそかしけにてたちたまひぬ夜ふけてみな
1908-02 いて給ぬおととは宮をさきにたてまつり給てあまたの御ことものかんたちめ
1908-03 きみたちをひきつつけてあなたにわたり給ぬこの殿はおくれていて給すいしん
1908-04 けしきはみつるあやしとおほしけれはこせんなとおりて火ともすほとにすいしん
1908-05 めしよすまうしつるはなに事そととひ給けさかのうちにいつものこんのかみときかたの朝臣
1908-06 のもとに侍おとこのむらさきのうすやうにてさくらにつけたる
1908-07 ふみをにしのつまとによりて女房にとらせ侍つるみたまへつけてしかしかとひ
1908-08 侍つれはことたかへつつそら事のやうに申侍つるをいかに申すそとてわらはへ
1908-09 してみせ侍つれは兵部卿の宮にまいり侍てしきふのせうみちさたの朝臣になん
1908-10 その返事はとらせ侍けると申す君あやしとおほしてその返事はいかやうにして
1908-11 かいたしつるそれはみ給へすことかたよりいたし侍にける下人の申侍つるはあかき
1908-12 しきしのいときよけなるとなん申はへりつるときこゆおほしあはするにたかふこと
1908-13 なしさまてみせつらんをかとかとしとおほせと人ちかけれはくはしくもの給は
1908-14 すみちすから猶いとおそろしくくまなくおはするみやなりやいかなりけんついて
1909-01 にさる人ありときき給けんいかていひより給けんゐなかひたるあたりにて
1909-02 かうやうのすちのまきれはえしもあらしと思けるこそおさなけれさてもしらぬ
1909-03 あたりにこそさるすきことをものたまはめむかしよりへたてなくてあやしきまて
1909-04 しるへしゐてありきたてまつりし道にしもうしろめたくおほしよるへしやと
1909-05 思ふにいとこころつきなしたいの御かたの御ことをいみしくおもひつつとしころ
1909-06 すくすはわか心のをもさこよなかりけりさるはそれはいまはしめてさまあしかる
1909-07 へき程にもあらすもとよりのたよりにもよれるをたた心のうちのくまあら
1909-08 んかわかためもくるしかるへきによりこそおもひははかるもおこなるわさなり
1909-09 けりこのころかくなやましくし給てれいよりも人しけきまきれにいかてはるはると
1909-10 かきやり給らんおはしやそめにけんいとはるかなるけさうの道なりやあやしく
1909-11 ておはしところたつねられ給日もありときこえきかしさやうの事におほしみたれ
1909-12 てそこはかとなくなやみ給なるへしむかしをおほしいつるにもえおはせ
1909-13 さりしほとのなけきいといとほしけなりきかしとつくつくとおもふに女のいたく
1909-14 もの思たるさまなりしもかたはし心えそめ給てはよろつおほしあはするに
1910-01 いとうしありかたきものは人の心にもあるかならうたけにおほとかなりとはみえ
1910-02 なからいろめきたるかたはそひたる人そかしこのみやの御くにてはいとよき
1910-03 あはひなりと思もゆつりつへくのく心ちし給へとやむことなくおもひそめはしめし
1910-04 ならはこそあらめなをさるものにておきたらんいまはとてみさらんはいとこひしかる
1910-05 へしと人わろくいろいろ心のうちにおほすわれすさましくおもひなり
1910-06 てすてをきたらはかならすかのみやよひとり給てん人のためのちのいとをしさ
1910-07 をもことにたとり給ましさやうにおほす人こそ一品の宮の御かたに人二三人まいら
1910-08 せ給たなれさていてたちたらんをみきかんいとをしくなと猶すてかたくけしき
1910-09 みまほしくて御文つかはすれいのすいしんめして御てつから人まにめしよせ
1910-10 たりみちさたの朝臣は猶なかのふかいゑにやかよふさなん侍と申すうちへは
1910-11 つねにやこのありけんおのこはやるらんかすかにてゐたる人なれはみちもおもひかく
1910-12 らんかしとうちうめき給て人にみえてをまかれおこなりとの給かしこまり
1910-13 て少輔かつねにこの殿の御事あないしかしこの事とひしもおもひあはすれと
1910-14 ものなれてえ申いてす君もけすにくはしくしらせしとおほせはとはせ給はす
1911-01 かしこには御つかひのれいよりはしけきにつけても物おもふ事さまさまなりたた
1911-02 かくその給へる
1911-03 なみこゆるころともしらすすゑのまつまつらんとのみ思ひけるかな人にわらは
1911-04 せ給なとあるをいとあやしとおもふにむねふたかりぬ御返事をこころえかほに
1911-05 きこえんもいとつつましひか事にてあらんもあやしけれは御ふみはもと
1911-06 のやうにしてところたかへのやうにみえ侍れはなんあやしくなやましくてなに事
1911-07 もとかきそへてたてまつれつみ給てさすかにいたくもしたるかなかけてみおは
1911-08 ぬこころはへよとほほゑまれたまふもにくしとはおほしはてぬなめりまほなら
1911-09 ねとほのめかしたまへるけしきをかしこにはいとと思ひそふつゐにわか身
1911-10 はけしからすあやしうなりぬへきなめりといととおもふ所に右近きてとのの御ふみ
1911-11 はなとてかへしたてまつらせ給つるそゆゆしくいみ侍るなる物をひか事の
1911-12 あるやうにみえつれはところたかへとてとのたまふあやしとみけれは道にてあけ
1911-13 てみるなりけりよからすの右近かさまやなみつとはいはてあないとをしみくるしき
1911-14 御こととにこそ侍れ殿はもののけしき御らんしたるへしといふにふみみ
1912-01 つらんとおもはねはことさまにてかの御けしきみるひとのかたりたるにこそは
1912-02 と思ふにたれかさいふそなともえとひ給はすおもてさとあかみてものものたまは
1912-03 すこの人人のみ思ふらんこともいみしくはつかしわかこころもてありそめ
1912-04 し事ならねとも心うきすくせかなと思ひいりてゐたるにししうとふたりして右近
1912-05 かあねのひたちにても人ふたりみ侍しをほとほとにつけてはかくそかしこれ
1912-06 もかれもおとらぬ心さしにて思ひまとひてはへりしほとに女はいまのかたにすこし
1912-07 心よせまさりてそ侍りけるそれにねたみてつゐにいまのをはころしてしそ
1912-08 かしさて我もすみ侍らすなりにきくににもいみしきあたらつはものうしなひつ
1912-09 またこのあやまちにたるもよきらうとうなれとかかるあやまちしたるものをいかてかは
1912-10 つかはんとてくにのうちをもをいはらはれすへて女のたいたいしきそ
1912-11 とてたちのうちにもおいたらさりしかはあつまの人になりてままもいまにこひなき
1912-12 侍はつみふかくこそみ給ふれゆゆしきついてのやうに侍れと上も下もかかる
1912-13 すちの事はおほしみたるるはいとあしきわさなり御いのちまてにはあらす
1912-14 とも人の御ほとほとにつけて侍ことなりしぬるにまさるはちなる事もよき人の
1913-01 御身には中中侍なりひとかたひとかたにおほしさためてよ宮も御心さしまさりて
1913-02 まめやかにたにきこえさせ給ははそなたさまにもなひかせ給てものないたくなけか
1913-03 せたまひそやせおとろへさせ給もいとやくなしさはかりうへの思ひいたつき
1913-04 きこえさせ給ものをままかこの御いそきにこころをいれてまとひゐて侍につけ
1913-05 てもそれよりこなたにときこえさせ給御事こそいと心くるしくいとをしけれ
1913-06 といふにいまひとりうたておそろしきまてなきこえさせ給そなに事も御すくせ
1913-07 にてこそあらめたた御心のうちにすこしおほしなひかんかたをさるへきにおほしなら
1913-08 せ給へいてやいとかたしけなくいみしき御けしきなりしかは人のかくおほしいそく
1913-09 めりしかたにも心もよらすしはしはかくろへても御おもひのまさら
1913-10 せ給はんによらせ給ねとそおもひ侍とみやをいみしくめてきこゆる心なれはひた道に
1913-11 いふいさや右近はとてもかくてもことなくすくさせ給へとはつせいし山
1913-12 なとに願をなんはへるこの大將殿の御さうの人人といふものはいみしきふてうものとも
1913-13 にてひとるいこのさとにみちて侍なりおほかたこの山しろ山とに
1913-14 とののりやうし給所所の人なんみなこのうとねりといふもののゆかりかけつつ
1914-01 侍なるそれかむこの右近のたいふといふものをもととしてよろつの事ををきておほせ
1914-02 られたるななりよき人の御中とちはなさけなきことしいてよとおほさ
1914-03 すとも物の心えぬゐ中ひととものとのゐ人にてかはりかはりさふらへはをのかはん
1914-04 にあたりていささかなる事あらせしなとあやまちもし侍なんありしよの御ありき
1914-05 なといとこそむくつけく思たまへられしかみやはわりなくつつませ給とて御とも
1914-06 の人もゐておはしまさすやつれてのみおはしますをさるもののみつけたてまつり
1914-07 たらんはいといみしくなんといひつつくるをきみ猶われを宮に心よせたてまつり
1914-08 たるとおもひてこの人人のいふいとはつかしく心ちにはいつれとも
1914-09 思はすたたゆめのやうにあきれていみしくいられたまふをはなとかくしもとはかり
1914-10 おもへとたのみきこえてとしころになりぬる人をいまはともてはなれんと
1914-11 おもはぬによりこそかくいみしとものもおもひみたるれけによからぬ事もいてき
1914-12 たらん時とつくつくとおもひゐたりまろはいかてしなはやとよつかぬこころうかり
1914-13 ける身かなかくうきことあるためしはけすなとの中にたにおほくやは
1914-14 あなるとてうつふしふし給へはかくなおほしめしそやすらかにおほしなせとて
1915-01 こそきこえさせはへれおほしぬへきことをもさらぬかほにのみのとかにみえさせ
1915-02 給へるをこの御事ののちいみしくこころいられをせさせ給へはいとあやしく
1915-03んみたてまつると心しりたるかきりはみなかくおもひみたれさはくにめのと
1915-04 をのかこころをやりてものそめいとなみゐたりいままいりわらはなとのめやすき
1915-05 をよひとりつつかかる人御らんせよあやしくてのみふさせ給るへ(る)はもののけ
1915-06 なとのさまたけきこえさせんとするにこそとなけくとのよりはかのありし返事
1915-07 をたにのたまはせて日ころへぬかのおとししうとねりといふものそきたるけにいと
1915-08 あらあらしくふつつかなるさましたるおきなのこゑかなさすかにけしきある女房
1915-09 にものとり申さんといはせたれは右近しもあひたりとのにめし侍しかはけさ
1915-10 まいり侍てたたいまなんまかりかへり侍つるさうしともおほせられつるついて
1915-11 にかくておはしますほとに夜中あか月の事もなにかしらかくてさふらふとおもほし
1915-12 てとのゐ人わさとさしたてまつらせ給事もなきをこのころきこしめせは女房
1915-13 の御もとにしらぬところところの人人かよふやうになんきこしめす事あるたいたいしき
1915-14 ことなりとのゐにさふらふものともはそのあないとはききたらんしら
1916-01 てはいかてかさふらふへきととはせ給へるにうけたまはらぬ事なれはなにかし
1916-02 は身のやまゐをもく侍てとのゐつかまつる事は月ころをこたりてはへつれはあんない
1916-03 もえしり侍らすさるへきおのこともはけたいなくもよをしさふらはせ侍を
1916-04 さの事きひしやうのことのさふらはんをはいかてかうけたまはらぬやうは侍らんと
1916-05 なん申させ侍つるよういしてさふらへひんなきこともあらはおもくかんたうせ
1916-06 しめ給へきよしなんおほせ事侍つれはいかなるおほせ事にかとおそれ申侍といふ
1916-07 をきくにふくろふのなかんよりもいとものおそろしいらへもやらてさりやきこえさせ
1916-08 しにたかはぬ事ともをきこしめせもののけしきは御らんしたるなめり
1916-09 御せうそこもはへらぬをなけくめのとはほのうちききていとうれしくおほせ
1916-10 られたりぬす人おほかるわたりにとのゐ人もはしめのやうにもあらすみなその
1916-11 かはりそといひつつあやしきけすをのみまいらすれは夜行をたにえせぬにとよろこふ
1916-12 君はけにたたいまいとあしくなりぬへき身なめりとおほすに宮よりはいかにいかに
1916-13 とのみこけのみたるるわりなさをのたまふいとわつらはしくてなんとてもかくても
1916-14 ひとかたひとかたにつけていとうたてあることはいてきなんわか身ひとつ
1917-01 のなくなりなんのみこそめやすからめむかしはけさうする人のありさまの
1917-02 いつれれともなきに思わつらひてたにこそ身をなくるためしもありけれなからへ
1917-03 はかならすうき事みえぬへき身のなくならんはなにかおしかるへきおやもしはし
1917-04 こそなけきまとひ給はめあまたの子ともあつかひにをのつからわすれくさ
1917-05 つみてんありなからもてそこなひ人わらへなるさまにてさすらへんはまさる
1917-06 おもひなるへしなとおもひなるこめきおほとかにたをたをとみゆれとけたかう
1917-07 世のありさまをもしるかたすくなくておほしたてたる人にしあれはすこしをすかる
1917-08 へきことをおもひよるなりけんかしむつかしきほくなとやりておとろおとろしく
1917-09 ひとたひにもしたためすとうたいの火にやき水になけいれさせなとやうやう
1917-10 うしなふ心しらぬこたちはものへわたり給へけれはつれつれなる月日をへ
1917-11 てはかなくしあつめ給へるてならひなとをやり給なめりとおもふししうなとそ
1917-12 みつくるときはなとかはせさせ給あはれなる御中にこころととめてかきかはし
1917-13 給へるふみは人にこそみせさせ給はさらめもののそこにおかせ給て御覽する
1917-14 なん程ほとにつけてはいとあはれに侍さはかりめてたき御かみつかひかたしけなき
1918-01 御ことのはをつくさせ給へるをかくのみやらせたまふなさけなきことといふ
1918-02 なにかむつかしくなかかるましき身にこそあめれおちととまりて人の御ため
1918-03 もいとをしからんさかしらにこれをとりをきけるよともりきき給はんこそはつかしけれ
1918-04 なとのたまふ心ほそきことをも思もていくにはまたえおもひたつ
1918-05 ましきわさなりけりおやををきてなくなる人はいとつみふかかなるものをなと
1918-06 さすかにほのききたることをも思ふ廿日かあまりにもなりぬかのいゑあるし廿八日
1918-07 にくたるへし宮はその夜かならすむかへんしも人なとによくけしきみすましき
1918-08 こころつかひし給へこなたさまよりはゆめにもきこえあるましうたかひたまふ
1918-09 ななとのたまふさてあるましきさまにておはしたらんにいまひとたひもの
1918-10 をもえきこえすおほつかなくて返したてまつらんよ又時のまにてもいかてか
1918-11 ここにはよせたてまつらんとするかひなくうらみてかへり給はんさまなとを思ひやる
1918-12 にれいのおもかけははなれすたえすかなしくてこの御ふみをかほにをしあて
1918-13 てしはしはつつめともいといみしくなき給右近あかきみかかる御けしきつゐに
1918-14 人みたてまつりつへしやうやうあやしなと思ふ人侍へかめりかうかかつらひおもほさ
1919-01 てさるへきさまにきこえさせ(たまひ)てよ右近侍らはおほけなき事もたはかりいたし
1919-02 侍らはかはかりちゐさき御身ひとつはそらよりいてたてまつらせ給な
1919-03 んといふとはかりためらひてかくのみいふこそ心うけれさもありぬへき事と思ひかけ
1919-04 はこそあらめあるましきこととみな思ひとるにわりなくかくのみたのみ
1919-05 たるやうにのたまへはいかなることをしいて給はんとするにかなとおもふにつけ
1919-06 て身のいと心うきなりとて返事もきこえたまはすなりぬ宮かくのみ猶うけひく
1919-07 けしきもなくて返事さへたえたえになるはかの人のあるへきさまにいひしたため
1919-08 てすこし心やすかるへきかたに思さたまりぬるなめりことはりとおほす物から
1919-09 いとくちをしくねたくさりとも我をはあはれと思たりしものをあひみぬとたえ
1919-10 に人人のいひしらするかたによるならむかしなとなかめ給にゆくかたしら
1919-11 すむなしきそらにみちぬる心ちし給へはれいのいみしくおほしたちてをはしまし
1919-12 ぬあしかきのかたをみるにれいならすあれはたそといふこゑこゑいさとけなり
1919-13 たちのきて心しりのをのこをいれたれはそれをさへとふさきさきのけはひ
1919-14 にもにすわつらはしくて京よりとみの御ふみあるなりといふ右近かすさのなを
1920-01 よひてあひたりいとわつらはしくいととおほゆさらにこよひはふようなりいみしく
1920-02 かたしけなき事といはせたり宮なとかくもてはなるらんとおほすにわりなく
1920-03 てまつ時かたいりてししうにあひてさるへきさまにたはかれとてつかはすかとかとしき
1920-04 人にてとかくいひかまへてたつねあひたりいかなるにかあらんかの
1920-05 殿ののたまはする事ありとてとのゐにあるものとものさかしかりたちたるころ
1920-06 にていとわりなきなりおまへにもものをのみいみしくおほしためるはかかる御こと
1920-07 のかたしけなきをおほしみたるるにこそはとこころくるしくなんみたてまつる
1920-08 さらにこよひは人けしきみ侍なは中中いとあしかりなんやかてさも御こころつかひせ
1920-09 させたまひつへからん夜ここにも人しれすおもひかまへてなん
1920-10 きこえさすへかめるめのとのいさとき事なともかたるたいふおはしますみち
1920-11 のおほろけならすあなかちなる御けしきにあえなくきこえさせんなむたいたいしき
1920-12 さらはいさたまへともにくはしくきこえさせ給へといさなふいとわりなから
1920-13 んといひしろふ程に夜もいたくふけゆく宮は御むまにてすこしとほくたちたまへ
1920-14 るにさとひたるこゑしたるいぬとものいてきてののしるもいとおそろしく
1921-01 人すくなにいとあやしき御ありきなれはすすろならんもののはしりいてきたらむに
1921-02 いかさまにとさふらふかきり心をそまとはしける猶とくとくまいりなんといひさはかし
1921-03 てこのししうをゐてまいるかみわきよりかひこしてやうたいいとをかしき
1921-04 人なりむまにのせんとすれとさらにきかねはきぬのすそをとりてたちそひ
1921-05 てゆくわかくつをはかせて身つからはともなる人のあやしきものをはきたりまいり
1921-06 てかくなんときこゆれはかたらひたまふへきやうたになけれはやまかつの
1921-07 かきねのおとろむくらのかけにあふりといふものをしきておろしたてまつるわか
1921-08 御心ちにもあやしきありさまかなかかる道にそこなはれてはかはかしくはえ
1921-09 あるましき身なめりとおほしつつくるになき給ことかきりなしこころよはき人
1921-10 はましていといみしくかなしとみたてまつるいみしきあたをおににつくりたり
1921-11 ともをろかにみすつましき人の御ありさまなりためらひ給てたたひと事もえきこえさす
1921-12 ましきかいかなれはいまさらかかるそなを人人のいひなしたるやう
1921-13 あるへしとのたまふありさまくはしくきこえてやかてさおほしめさん日をかねて
1921-14 侍へきさまにたはからせたまへかくかたしけなき事ともをみたてまつり
1922-01 侍れは身をすてても思ふたまへたはかり侍らんときこゆわれも人めをいみしく
1922-02 おほせはひとかたにうらみ給はんやうもなし夜はいたくふけゆくにこのものとかめする
1922-03 いぬのこゑたえす人人をひさけなとするにゆみひきならしあやしき
1922-04 をのことものこゑともして火あやふしなといふもいとこころあはたたしけれ
1922-05 はかへり給ほといへはさらなり
1922-06 いつくにか身をはすてんとしら雲のかからぬ山もなくなくそゆくさらははや
1922-07 とてこの人をかへし給ふ御けしきなまめかしくあはれに夜ふかき露にしめり
1922-08 たる御かのかうはしさなとたとへんかたなしなくなくそかへりきたる右近いひきり
1922-09 つるよしいひたるに君はいよいよおもひみたるる事おほくてふし給へるに
1922-10 いりきてありつるさまかたるいらへもせねとまくらのやうやううきぬるをかつは
1922-11 いかにみるらんとつつましつとめてもあやしからんまみをおもへはむこにふし
1922-12 たりものはかなけにおひなとして經よむをやにさきたちなんつみうしなひたまへ
1922-13 とのみおもふありしゑをとりいててみてかき給してつきかほのにほひなと
1922-14 のむかひきこえたらんやうにおほゆれはよへひとことをたにきこえすなりにし
1923-01 は猶いまひとへまさりていみしと思ふかのこころのとかなるさまにてみんとゆくすゑ
1923-02 とをかるへきことをのたまひわたる人もいかかおほさんといとをしうき
1923-03 さまにいひなす人もあらんこそおもひやりはつかしけれとこころあさくけしからす
1923-04 人わらへならんをきかれたてまつらんよりはなと思つつけて
1923-05 なけきわひ身をはすつともなきかけにうき名なかさんことをこそおもへおや
1923-06 もいとこひしくれいは事におもひいてぬはらからのみにくやかなるもこひし
1923-07 宮のうへをおもひいてきこゆるにもすへていまひとたひゆかしき人おほかり人
1923-08 はみなをのをのものそめいそきなにやかやといへとみみにもいらす夜となれは
1923-09 人にみつけられすいててゆくへきかたをおもひまうけつつねられぬままに心ち
1923-10 もあしくみなたかひにたりあけたてはかはのかたをみやりつつひつしのあゆみ
1923-11 よりもほとなき心地す宮はいみしき事ともをのたまへりいまさらに人やみんと
1923-12 おもへはこの御かへりをたに思ふままにかかす
1923-13 からをたにうきよの中にととめすはいつこをはかと君もうらみんとのみかき
1923-14 ていたしつかの殿にもいまはけしきみせたてまつらまほしけれとところところかきをき
1924-01 てはなれぬ御中なれはつゐにききあはせ給はん事いとうかるへしすへて
1924-02 いかになりにけんとたれにもおほつかなくてやみなんと思ひかへす京よりはは
1924-03 の御ふみもてきたりねぬる夢にいとさはかしくてみえ給へれはす經所所
1924-04 せさせ侍つるをやかてそのゆめののちねられさりつるけにやたたいまひるね
1924-05 して侍ゆめに人のいむといふ事なんみえ給つれはおとろきなからたてまつるよく
1924-06 つつしませたまへ人はなれたる御すまゐにてときときたちよらせ給人の御ゆかり
1924-07 もいとをそろしくなやましけにものせさせ給ふおりしも夢のかかるをよろつ
1924-08 になん思給ふるまいりこまほしきをこの少將のかたの猶いと心もとなけにもののけたち
1924-09 てなやみ侍れはかた時もたちさらんこといみしくいはれ侍りてなんそのちかき
1924-10 てらにもみす經せさせ給へとてそのれうのものふみなとかきそへてもてき
1924-11 たりかきりと思ふいのちのほとをしらてかくいひつつけ給へるもいとかなしと
1924-12 おもふてらへ人やりたるほと返事かくいはまほしきことおほかれとつつましく
1924-13 てたた
1924-14 のちにまたあひみんことををもはなんこの世の夢にこころまとはてす經の
1925-01 かねの風につけてきこえくるをつくつくとききふし給へり
1925-02 かねのをとのたゆるひひきにねをそへてわかよつきぬときみにつたへよくわんす
1925-03 もてきたるにかきつけてこよひはかへるましといへは物のえたにゆひつけ
1925-04 ておきつめのとあやしくこころはしりのするかなゆめもさはかしとのたまは
1925-05 せたりつとのゐ人よくさふらへといはするをくるしとききふし給へりものきこしめさ
1925-06 ぬいとあやし御ゆつけなとよろつにいふをさかしかるめれとみにくく
1925-07 おひなりてわれなくてはいつくにかあらんとおもひやり給もいとあはれなり世(の)中に
1925-08 ゑありはつましきさまをほのめかしていはんなとおほすにはまつおとろか
1925-09 てさきたつなみたをつつみ給てものもいはれす右近ほとちかくふすとてかくのみ
1925-10 ものをおもほせはものおもふ人のたましゐはあくかるなるものなれはゆめも
1925-11 さはかしきならんかしいつしかおほしさたまりていかにもいかにもおはしまさ
1925-12 なんとうちなけくなへたるきぬをかほにをしあててふしたまへりとなん


前田侯爵家蔵 傳津守國冬・慈寛各筆 目次へ戻る

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