52巻  か け ろ ふ


畳語、繰り返し文字は文字になおしてあります。和歌部分は『 』で囲んであります。句点は「。」になおしてあります。

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かしこには・人人おはせぬをもとめさわけとかひなし・物かたりのひめ君の人にぬすまれたらむあしたのやうなれ
は・くはしくもいひつつけす・京よりありしつかひのかへらすなりにしかは・おほつかなしとて・又人をこせたり・
またとりのなくになんいたしたてさせ給つるとつかひのいふに・いかにきこえむとめのとよりはしめてあはてまとふ
事かきりなし・おもひゆるかたなくて・たたさわきあへるを・かの心しれるとちなん・いみしく〈う〉物をおもふた
まへりしさまをおもひいつるに・身をなけたまへるかとはおもひより(1オ)」ける・なくなくこのふみをあけたれは・
いとおほつかなさに〈なんおもひつつけ〉まとろまれ侍らぬけにや・こよひはゆめにたにうちとけてもみえす・ものに
をそはれつつ心地もれいならすうたて侍るを・なをいとおそろしく〈うなん〉・ものへわたらせたまはんことはちかか
な〈く侍へ〉れと・そのほとここにむかへたてまつりてむ・けふはあめふり侍りぬへけれは〈いとこころもとなく〉な
とあり・よへの御返をもあけてみて・右近〈も〉いみしくなく・されはよ心ほそき事はきこえ給けり・われになとか
いささかのたまふことのなかりけん・おさなかりしほとより・つゆ〈も〉心をかれたてまつることなく・ちりはかり
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るかつらきことと思に・あしすりといふことをしてなくさま・わかきことものやうなり・いみしく〈侍從かうもの〉
おほしたる御けしきはみたてまつりわたれと・かけてもかくなへてならすおとろおとろしき事おほしよらむものとはみ
えさりつる人の御心さまを・なをいかにしつることにかとおほつかなくいみし・めのとはなかなかものもおほえて・
たたいかさまにせんせんとそいはれける・宮にもいとれいならぬけしきありし御返・いかに思ならん・我をさすかに
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にとへは・うへのこよひにはかにうせ給にけれは・物もおほえ給はす・たのもしき人もおはしまさぬおりなれは・さ
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ふらひたまふ人人はたたものにてあたりてなんまとひ給といふ・心もふかくしらぬをのこにて・くはしくもとはて
まいりぬ・かくなん申させたるに・ゆめ〈か〉とおほえていとあやし・いたくわつらふともきかす・ひころなやまし
とのみありしかと・昨日の御返事はさりけもな(2ウ)」くて・つねよりもおかしけなりし物をとおほしやるかたなけれ
は・ときかたいきてけしきみ・たしかなることとひきけとの給へは・かの大將殿いかなる事かきき給事はへりけん・
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なんきこしめすやうもはへらんかしとて・いまそなき給・これもいとかうはみえたてまつらし・おこなりと思つれと
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りつるかな・いとはかなかりけれと・さすかにたかき人のすくせなりけり・たうしのみかときさきのさはかりかしつ
きたてまつり給みこ・かほかたちよりはしめて・たたいまのよにはたくひおはせさめり・み給人とてもなのめならす
さまさまにつけてかきりなき人(16ウ)」ををきて・これに心をつくし・世の人たちさはきて・すほう・と經・まつりは
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て・ときのみかとの御むすめをもちたてまつりなから・この人のらうたくおほゆるかたはおとりやはしつる・まして
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さまに思みたれて・人木石にあらされはみななさけありとうちすしてふし給へり・のちのしたためなともいとはかな
くしてけるを・宮(17オ)」にもいかかきき給らんといとをしくあえなく・ははのなをなをしく〈て〉・はらからあなるは
なと・さやうの人はいふ事あるを思て・ことそくなりけんかしなと・心つきなくおほす・おほつかなさもかきりなき
を・ありけんさまもみつからきかまほしくおほせと・なかこもりし給はんもひむなし・いきといきてたちかへらんも
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もあかねは・きたの宮にここにわたりたまふ日なりけれはたちはななふらせてきこえ給
  『しのひねや君もなくらんはかもなきしてのたをさに心かよはは』・宮は女君の御さまのいとよくにたるを・いとあ
はれにおほして・ふたところなかめたまふ・おりなりけり・けしきあるふみかなとみたまひて
  『たちはなのかをるあたりはほとときす心してこそなくへかりけれ』・わつらはしとかき給・女君このことのけしき
は・みなみしり給てけり・あはれにあさましきはかなさのさまさまにつけて・(18オ)」心ふかきなかに・我ひとり物思
しらねは・いままてなからふるにや・それもいつまてと心ほそくおほす・宮もかくれなきものから・へたてたまへる
もいとくるしけれは・ありしさまなと・すこしはとりなをしつつ・かたりきこえたまふ・かくし給しか・つらかりし
なと・なきみわらひみきこえ給にも・こと人よりはむつましくあはれなり・ことことしくうるはしくて・れいならぬ
御事のさまもおとろきまとひ給・ところにては御とふらひの人しけく・ちちおととせうとの君たちひまなきもいとう
るさきに・ここはいと心やすくてなつかしくそおほ(18ウ)」されける・いとゆめのやうにのみ・なをいかていとにはか
なりける事にかはとのみいふせけれは・れいの人人めして・右近をむかへにつかはす・はは君もさらに・この水の
をとけはひをきくに・我もまろひいりぬへくかなしく心うきことのとまるへくもあらねは・いとわひしうてかへり給
にけり・念佛の僧ともをたのもしきものにて・いとかすかなるにいりきたれは・ことことしくにはかにたちめくりし
とのゐ人とももみとかめす・あやにくにかきりのたひしもいれたてまつらすなりにしよと思いつるもいとをし・さる
ましき(19オ)」事をおもほしこかるる事とみくるしくみたてまつれと・ここにきてはおはしまししよなよなのありさま
・いたかれたてまつり給てふねにのり給しけはひのあてにうつくしかりしことなとを思いつるに・心つよき人なくあ
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さらに人もあやしといひ思はんもつつましく・まいりてもはかはかしくきこしめしあきらめんはかりものきこえさす
へき心ちもしはへらす・この御いみはてて・あからさまにものになん(19ウ)」といひなさむも・すこしにつかはしかり
ぬへきほとになしてとこそ・心よりほかのいのちはへらは・いささか思しつまらんおりになん・おほせことなくとも
まいりて・けにいとゆめのやうなりし事とももかたりきこえさせはへらまほしきといひて・けふはうこくへくもあら
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御心さしをみたてまつり侍りしかは・君たち〈を〉もなにかはいそきてしもきこえうけ給はらん・つゐには〈こころ
よせ〉つかうまつるへきあたりにこそと(20オ)」思たまへしを・いふかひなくかなしき御事ののちは・わたくしの御心
さしも中中ふかさまりてなんとかたらふ・わさと御くるまなとおほしめくらしてたてまつれ給へるを・むなしくて
はいといとをしくなむ・いまひとところにてもまいり給へといへは・侍從の君よひいてて・さはまいり給へといへは
・ましてなに事をかきこえさせむ・さてもなをこの御いみのほとにては・いかてかいませ給はぬかといへは・なやま
せ給御ひひきに・さまさまの御つつしみともははへめれと・いみあへさせ給ましき御けしきになん・又かくふかき御
ちき(20ウ)」りにては・こもらせ給てもこそはおはしまさめ・のこりの日いくはくならす・なをひとところひと¥ころまいり
給へとせむれは・侍從そありし御さまもいとこひしく思きこゆるに・いかならんよにかはみたてまつらん・かかるお
りにと思なしてまいりける・くろききぬともきてひきつくろひたるかたちもいときよけなり・もはたたいまわれより
かみなる人なきにうちたゆみて・いろもかへさりけれは・うすいろなるをもたせてまいる・おはせましかは・このみ
ちにそしのひていて給はまし・人しれす心よ(21オ)」せきこえし物をなと思にもあはれなり・みちすからなくなくなん
きける・宮はこの人まいれりときこしめす〈も〉あはれなり・女君にはあまりうたてあれはきこえ給はす・しん殿に
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おはしまして・わたとのにおろさせ給へり・ありけんさまなとくはし〈く〉と〈は〉せ給に・ひころおほしなけきし
さま・そのよなき給しさま・あやしきまて事すくなに・おほおほとのみものし給て・いみしとおほす事をも人にうち
い〈て〉給事はかたく・ものつつみをのみし給しけにや・の給をく事もはへらす・ゆめにもかく心つよきさまにおほ
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もとよりか口すまへさせ給はさらんをも・かく〈う〉したしくて候へきゆかりによせておほしかすまへさせ給〈へ〉らん
こそうれしくはへ〈るへ〉けれ・ましてさもきこえなれ給にけんを・いますてさせ給はんは・からきことにはへりと
けいし給を・すきはみたるけしきあるかとはおほしかけさりけり・たちいててひと夜の心さしの人に〈も〉あはん・
ありしわたとのもなくさめにみむかしとおほして・おまへをあゆみわたりて・にしさまにおはするを・(42ウ)」みすの
うちの人は心ことによういす・けにいとさまよくかきりなきもてなしにて・わたとののかたは・みきのおほい殿の君
たちなとゐてものいふけはひすれは・つまとのまへにゐ給て・おほかたにはまいりなから・この御かたのけさんにい
る事のかたくはへれは・いとおほえなく・おきなひはてにたる心ちしはへるを・いまよりはとおもひおこしはへりて
なん・ありつかすとわかき人ともそ思らんかしと・をいの君たちのかたをみやり給・いまよりならはせ給こそ・けに
わかくならせ給ならめなと・はかなき事をいふ人人のけはひもあやしくみやひかにおかしき御かたのありさ(43オ)」
まにてそある・そのこととなけれとよの中のものかたりなとしつつ・しめやかにれいよりはゐ給へり・ひめ宮はあな
たにわたらせ給にけり・大宮・大將のそなたにまいりつるはととひ給・御ともにまいりたる大納言のきみ・こさい將
のきみに・もののたまはんとにこそははへめりつれときこゆれは・まめ人のさすかに人に心ととめてものかたりする
こそ・心ちをくれたらん人はくるしけれ・心のほともみゆらむかし・こ宰相なとはいとうしろやすしとの給て・おほ
んはらからなれとこの君をはなをはつかしく・人もよういなくてみえさら〈な〉んとおほいた(43ウ)」り・人よりは心よ
せ給て・つほねなとにたちより給へし・ものかたりこまやかにし給て・よふけていてなとし給おりおりもはへれと・
れいのめなれたるすちにははへらぬにや・宮をこそいとなさけなくおはしますと思て・おほんいらへをたにきこえす
はへめれ・かたしけなきことといひて・わらへは・宮もわらはせ給て・いとみくるしき御さまを・思しるこそはおか
P1156
しけれ・いかてかかる事くせやめたてまつらん・はつかしや・この人人もとの給・いとあやしき事をこそききはへ
りしか・この大將のなくなし給てし人は・宮の御二条のきたのかたの御を(44オ)」とうとなりけり・ことはらなるへし
・ひたちのさきのかみなにかしかめは・をはともははともいひはへなるは・いかなるにか・その女君に宮こそいとし
のひておはしましけれ・大將殿やききつけたりけん・にはかにむかへたまはんとて・まもりめそへなとことことしく
し給けるほとに・宮もいとしのひておはしましなから・えいらせ給はす・あやしきさまに御むまなからたたせ給つつ
そかへらせ給ける・女も宮を思きこえさせけるにや・にはかにきえうせにけるを・みなけたるなめりとてこそ・めの
となとやうの人ともなきまとひはへりけ(44ウ)」れときこゆ・宮もいとあさましとおほして・たれかさることはいふと
よ・いといとをしく心うき事かな・さはかりめつらかならん事はをのつからきこえありぬへきを・大將もさやうには
いはて・よの中のはかなくいみしき事・かくうちの宮のそうのいのちみしかかりける事をこそ・いみしくかなしと思
てのたまひしかとの給・いさやけすはたしかならぬ事をもいひはへるものをと思はへ〈おもひたまふ〉れと・かしこ
にはへりけるしもわらはのたたこのころ・さい將かさとにいてまうてきて・たしかなるやうにこそいひ侍りけれ・か
くあやしく(45オ)」てうせ給へる事・人にきかせしおとろおとろしくおそきやうなりとて・いみしくかくしける事ともと
や・さてくはしくはきかせたてまつらぬにやありけんときこゆれは・さらにかかる事又まねふなといはせよ・かかる
すちに御身をももてそこなひ・人にかろく心つきなきものに思はれたまふへきなめりといみしくおほいたり・そのの
ちひめ宮の御かたより・二の宮に御せうそこありけり・御てなとのいみしくうつくしけなるをみるにも・いとうれし
くかくてこそとくみるへかりけれとおほすに・あまたおかしきゑともお(45ウ)」ほく・大宮もたてまつらせ給へり・大
將殿うちまさりてをかしきこともあつめてまいらせ給・せりかはの大將のとほきみの女一の宮思かけたる秋のゆふく
れに・思わひていてていきたる〈す〉かた・をかしくかきたるをいとよく思にせらるかし・かはかりおほしなひく人
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のあらましかはと思にもみそくちおしき
  『おきのはにつゆふきむすふ秋風もゆふへしわきて身にはしみける』・とかきてもそへまほしくおほせと・さやうな
るつゆはかりのけしきまてももりたらは・いとわつらはしけなる世なれは・(46オ)」はかなきことをもえほのめかしい
つまし・よろつになにやかやとものを思のはては・むかしの人ものし給・は〉ましかは・いかにもいかにもほかさまにこ
ころをわけましや・ときのみかとの御むすめをたまふとも・えたてまつらさらまし・又さ思人のありさまときこしめしな
ならは・かかることもなからましを・なを心うくわか心みたり給けるはしめかなと思あまりては・又宮のうへにとり
かかりてこひしくもつらくもわりなきことそおこかましきまてくやしき・これに思わひてのさしつきには・あさまし
くてうせにし人のいと心おさなくととこほるところ(46ウ)」なかりけるかろかろしさは・思なからさすかにいみしと物
を思いりけんほと・我けしきれいならすと心のおにになけきしつみてゐたりけんありさまをきき給しも・思いてられ
つつ・おもりかなるかたならて・たた心やすくらうかたきかたらひ人にてあらせんと思しには・いとらうたかりし人
を・思もていけは・宮をもおもひ・うらみ・きこえし女をも・うしと思はし・たたわかありさまのよつかぬ・をこた
りそなとなかめいり給時給時おほかり・心のとかにさまよくおはする人たに・かかるすちにはみもくるしき事・をの
つからましるを・宮はましてな(47オ)」くさめかねつつ・かのかたみにあかぬかなしさをも・のたまひいつへき人さへ
なきを・たいの御かたはかりこそはあなれなとの給へしと・ふかくもみなれ給はさりけるうちつけのみつひなれは・
いとふかくしもいかてかはあらん・又おほすままに・こひしやいみしやなとの給はんには・かたわらけれは・か
しこにありし侍從をそ・れいのむかへさせ給ける・みな人ともはいきちりて・めのとこの人ふたりなんとりわきてお
ほしたりしもわすれかたくて・侍從はよそ人なれと・なをかたらひて・ありふるに・よつかはぬかはのをとも・うれし
きせ(47ウ)」もやあるとたのみしほとこそなくさみけれ・心うくいみしくものおそろしくのみおほえて・京になんあや
P1158
しきところにこのころきてゐたりける・たつねいて給て・かくて候へとの給へと・御心はさるものにて・人人のい
はんことも・さるすちの事ましりぬるあたりは・ききにくき事もあらんと思へは・うけひききこえす・きさいの宮に
まいらむとなんおもむけたれは・いとよかなり・さて人しれすおほしつかはんとの給はせけり・心ほそくよるへなき
もなくさむやとて・しるたよりもとめてまいりぬ・きたなけ(48オ)」なくて・よろしきけらうねりとゆるして・人もそ
しらす・大將殿もつねにまいり給をみるたひことに・もののみあはれなり・いとやんことなきもののひめ君のみおほ
くまいりつとひたるみやと人もいふを・やうやうめととめてみれと・なをみたてまつりし人ににるはなかりけりと思
ありく・このはるうせ給ぬる式部卿の宮の御むすめを・ままははのきたのかたことにあひおもはて・せうと〈の〉む
まのかみにて・人からもことなることなき〈か〉・心からけたるを・いとをしくなとも思たらて・さるへきさまになん
ちきるときこしめすたよりありて・いとをし(48ウ)」くちち宮のいみしくかしつき給ける女君を・いたつらなるやうに
もてなさんことなとの給はせけれは・いと心ほそくのみ思なけき給ありさまにて・なつかしうかくたつねのたまはす
るをなと・おほんせうとの侍從もいひて・このころむかへとらせ給てけり・ひめ宮の御くにて・いとこよな〈か〉らぬ
御ほとの人なれは・やんことなく心ことにてさふらひ給・かきりあれは・宮の君なとうちいひて・もはかりひきかけ
給そいとあはれなりける・兵部卿の宮この君はかりやこひしき人に思よそへつへきさましたらん・ちちみこははらか
らそかしなと・れいの(49オ)」御心は人をこひ給につけても・人ゆかしき御くせやまて・いつしかと御心かけ給てけり
・大將もとかしきまてもあるわさかな・昨日今日といふはかり・春宮にやなとおほし・われにもけしきはませ給きか
し・かくはかなき世のおとろへをみ侍には・水のそこにみをしつめても・もとかしからぬわさにこそなと思つつ・人
よりは心よせきこえ給へり・この院におはしますをは・うちよりもひろくおもしろくすみよきものにして・つねにし
も候はぬ人ともも・みなうちとけすみつつ・はるはるとおほかるたいともらうわたとのにみちたり・右大臣(49ウ)」殿
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むかしの御けはひにもおとらす・すへてかきりもなくいとなみつかうまつり給・いかめしくなり・にたる御そう・なれは
・中中いにしへよりもいいかめしき事はまさりてさへなんありける・この宮れいの御心ならは・月ころのほとに・
いかなるすき事ともをしいて給はまし・こよなくしつまり給て・人めにはすこしをひなをりし給かなと・みゆるを・
このころそ又宮の君に本上あらはれて・かかつらひありき給ける。すすしくなりぬとて宮うちにまいらせ給なんとす
れは・秋のさかりもみちのころなとをみさらんこそなと・わ(50オ)」かき人人はくちをしかりて・みなまいりつとひ
たるころなり・みつになれ・月をめて〈て〉おほんあそひたら〈え〉す・つねよりもいまめかしけれは・この宮そか
かるすちはいとこよなくもてはやし給・あさゆふにめなれても・なをいまみんはつはなのさまし給へるに・大將の君
はいとさしもいりたちなとしたまはぬほとにて・はつかしく心ゆるひなきものにみな思たり・れいのふたところまい
り給て・おまへにおはするほとに・かの侍從はものよりのそきたてまつるに・いつかたにもいつかたにもよりて・めてたき御
すくせみえたるさまにてよにそおはせま(50ウ)」しかし・あさましくはかなく心うかりける御心かななと・人にはその
わたりの事かけてしりかほにもいはぬ事なれは・心ひとつにあかす・むねいたく思・宮はうちの御ものかたりなとこ
まやかにきこえさせ給へは・いまひとところはたちいて給・みつけられたてまつらし・しはし御はてをもすくさす・
心あさしとみえたてまつらしと思へは・かくれぬ・ひむかしのわた殿に・あきあひたるとくちに・人人あまたゐて
ものかたりなとしのひやかにするところにおはして・なにかしをそ女房はむつましくおほすへきや・女たにかう心や
すくはあら(51オ)」しかし・さすかにさるへからんことをしへきこえぬへくもあり・やうやうみしり給へかめれはいと
なんうれしきとのたまへは・いといらへにくくのみおもふなかに・辨のおもととてなれたるおとな・そもむつましく
思きこゆへきゆへなき人のはちきこえ侍らぬや・物はさこそは中は中はへりけれ・かならすそのゆへたつねて・うち
とけ御らんせらるふにしもはへらねと・かはかりにおもなくつくりそめてけるみにおはささらんもかたはらいたくて
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なんときこゆれは・はつへきゆへあらしと思さため給てけるこそ・くちをしけれなとの給つつみれは・からきぬは
(51ウ)」ぬきすヘしをしやりうちとけて・てならひしけるなるへし・すすりのふたにすゑて・心もとなきはなのすゑ
すゑおりてもてあそひけりとみゆ〈かたへは・〉木丁のあるにすへりかくれ・あるはうちそむきをしあけたるとのか
たにまきらはしつつゐたる・かしらつきとももおかしとみわたし給て・すすりひきよせて
  『おみなへしみたるるのへにましるともつゆのあたなをわれにかけめや』・心やすくはおほさてと・たたこのさうし
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  『はなといへはなこそあたなれをみなへしなへてのつゆにみたれやはする』・とかきたるてたたかたそはなれとよし
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るへしとみゆ・辨のおもとはいとけさやかなるおきなことにくくはへりとて
  『たひねしてなを心みよをみなへしさかりのいろにうつりうつらす』・さてのちさためきこえさせんといへは
  『やとかさはひとよはねなんおほかたの(52ウ)」はなにうつらぬ心なりとも』・とあれはなにかはつかしめさせ給・お
ほかたののへのさかしらをこそきこえさすれといふ・はかなきことをたたすこしの給も・人はのこりきかまほしくの
み思きこえたり・心なしみちあけはへなんよ・わきてもかの御ものはちのゆへ・かならすありぬへきおりにそあめる
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うらんにをしかかりて・ゆふかけになるままに・はなのひもとくおまへのくさむらをみわたし給・もののみあはれ
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ぬのをとなひしるきけはひして・もやの御さうしよりとほりて・あなたにいるなり・宮のあゆみおはして・これより
あなたにまいりつるはたそととひたまへは・かの御かたの中將のきみときこゆるなり・なをあやしのわさや・たれに
P1161
かとかりそめにも・うち思人に・やかてかくゆかしけなくきこゆるなさしよといとをし・この宮にはみなめなれての
みおほえたてまつるへかめるもくちをし・おりたちてあなかちな(53ウ)」る御もてなしに・女はさもこそまけたてまつ
らめ・わかさもくちをしう・この街ゆかりにはねたく心うくのみあるかな・いかてこのわたりにもめつらしからん人
のれいの心いれて・さわき給はんをかたらひとりて・我思しやうに・やすからすとたにもおもはせたてまつらん・ま
ことに心はせあらん人はわかかたにそよるへきや・されとかたいものかな人の心はと思につけて・たいの御かたのか
の御ありさまをはふさはしからぬものに思きこえて・いとひんなきむつひになりゆく・おほかたのおほえをはくるし
と思なから・(54オ)」なをさしはなちかたきものにおほししりたるそありかたくあはれなりける・さやうなる心はせあ
る人・ここらの中にあらんや・いりたちてふかくみねはしらぬそかし・ねさめかちにつれつれなるを・すこしはすき
もならははやなと思に・いまはなをつきなし・れいのにしのわたとのをありしにならひて・わさとおはしたるもあや
し・ひめ宮よるはあなたにわたらせ給けれは・人・人月みるとて・このわたとのにうちとけてものかたりするほとな
りけり・さうの事〈こと〉いとなつかしくひきすさふつまをと(54ウ)」おかしくきこゆ・思かけぬによりおはして・なと
ねたましかほにかきならし給との給に・みなおとろかるへかめれと・すこしあけたるすたれうちおろしなともせす・
おきあかりてにるへきこのかみやはへるへきといらふるこゑ・中將のおもとふかいひつるなりけり・まろこそおほん
ははかたのをちなれと・はかなき事をの給て・れいのあなたにおはしますへかめりな・なにわさをか・この御さとす
みのほとにせさせ給なと・あちきなくとひ給・いつこにてもなに事をかはたたかやうにてこそはすくさせ(55オ)」給め
れといふに・おかしの御身のほとやと思に・すすろなるなけきのうちわすれてしつるも・あやしと思よる人もこそと
まきらはしにさしいてたるわこんをたたさなからかきならし給・りちのしらへはあやしくおりにあふときこゆるこゑ
なれは・ききにくくもあらねと・ひきはて給はぬを・中・中なりと心いれたる人はきえかへり思・我はは宮もおとり
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給へき人かは・きさいはらときこゆはかりのへたてこそあれ・みかとみかとのおほしかしつきたるさま・ことことなら
さりけるを・猶この御あたりはいとことなり(55ウ)」けるこそあやしけれ・あかしのうらは心にくかりけるところかな
なと思つつくることともに・わかすくせはいとやん〈こ〉となしかし・ましてならへても〈ち〉たてまつらはと思そ・
いとかたきや・みやの君は・このにしのたいにそ御かたしたりける・わかき人人のけはひあまたして・月めてあへ
り・いてあはれこれも又おなし人そかしと思いてきこえて・みこのむかし心よせ給しものをといひなして・そなたへ
おはしぬ・わらはのおかしきとのゐすかたにて二三人いててありきなとしけり・みつけているさまとももかかやかし
・(56オ)」これそよのつねと思・みなみおもてのすみのまによりて・うちこはつくり給へは・すこしをとなひたる人い
てきたり・人しれぬ心よせなときこえさせはへれは・中中みな人きこえさせふるしつらんことを・うゐうゐしきさ
まにて・まねふやうになりはへり・まめやかになん・ことよりほかをもとめられはへるとのたまへは・君にもいひつ
たへすさかしらたちて・いとおもほしかけさりし御ありさまにつけても・こ宮の思きこえさせ給へりし事なと・思た
まへいてられてなん・かくのみおりおりきこえさせ給なる・御(56ウ)」しりうことを〈も〉・よろこひきこえ給めると
いふ・なみなみの人めきて心ちなのさまやと・ものうけれは・もとよりおほしすつましきすちよりも・いまはまして
さるへきことにつけても・おほしたつねんなんうれしかるへき・うとうとしく人つてなとに・もてなさせ給はは・え
こそとの給に・けにと思わきて・君をひきゆるかすへけれは・まつもむかしのとのみなかめらるるにも・もとよりな
との給すちはまめやかにたのもしくこそはと・人つてともなくいひなし給へるこゑ・いとわかやかにあい行つき・や
さしきところ(57オ)」そひたり・たたなへてのかかるすみかの人と思ははいとおかしかるへきを・たたいまはいかて・
かはかりも人にこゑきかすへきものとならひ給けんと・なまうしろめたし・かたちもいといまめかしからむかしと・
みまほしきけはひのしたるを・この人そ又れいのこの御心みたるへきつまなめると・おかしくもありかたの世やとも
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思ゐ給へり・これこそはかきりなき人のかしつきおほしたて給へるひめ君・又かはかりそおほくはあるへき・あやし
かりける事は・さるひしりの御あたりに・山のふところよりいてきたる人人のかたほなるは(57ウ)」なかりけるこそ
・このはかなしや・かろかろしやなと思なす人も・かやうのうちみるけしきは・いみしくこそおかしかりしかと・な
に事につけても・たたかのひとつゆかりをそ・思いて給ける・あやしくつらかりけるちきりともを・つくつくと思つつ
け・なかめたまふゆふくれ・かけろふのものはかなけにとひちかふを
  『ありとみて手にはとられすみれは又ゆくゑもしらすきえしかけろふ』・あるかなきかとれいのひとりこちたまふ
58オ)」


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