21巻 少 女
畳語、繰り返し文字は文字になおしてあります。和歌部分は『 』で囲んであります。句点は「。」になおしてあります。
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『ふちころもきしはきのふとおもふまにけふはみそきのせにかはるよをはかなくとはかりあるを』・れいの御心と
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り・けにこそあちきなきよに・こころのかきりゆくわさをしてこそすくしはへりなまほしけれなとの給て・御かはら
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すゑに・心をきておほさるらんときこえ給も・さすかにいとおしけれと・たのもしき御かけに・おさなきものをたて
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ぬを見給なけきいとなみつつ・さりとも(18オ)」人となさせ給てんとたのみわたり侍に・おもはすなることの侍けれは
いとくちおしくなん・まことにあめのしたにならふへき人なき・いうそてくにものせらるめれと・したしきほとにかか
るは・人のきき思事もあはつけきやうになん・なにはかりのほとなきなからひにたにはへるを・かの人の御ためにも
いとかたはなることなり・さしはなれきらきらしうめつらしけあるあたりに・いまめかしうもてなさるるこそおかし
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さらにもてなしすこしてゆかしけ(18ウ)」なる事ませてこそ侍らめ・おさなき人人のこころにまかせて・御覽しはな
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のやみにまとひ侍て・いそき(19オ)」ものせんとは思もよらぬことになん・さてもたれかはかかることはきこえ侍けん・
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は・いとくちおしくやすからす思たまへらるるやとてたち給ぬ・こころしれるとちはいとおしく思・ひと夜のしりふ
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なき御ほとを・みやの御もてなしよりさし(20オ)」すきてもてへたてきこえさせむと・うちとけてすくしきこえつるを
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なと・しのひてさるへきとちのたまて・大宮をのみそうらみきこえ給。宮はいといとおしとおほすなかにも・おとこ
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こよなきことのやうに思のたまへるを・なとかさしもあるへき・もとよりいたくおもひつき給こともなくて・かくま
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しかのたまひてたまへるといふに・なこりなくうちゑみて・いかにうつくしききみの御されなり・きんちはおなしと
しなれと・いふかひなくはかなかめりかしなとほめて・ははきみにも見す・このきんたちのすこし人かすにもおほし
ぬへからましかは・おほそふのみやつかへよりはたてまつりてまし・とのの(35ウ)」御心をきてを見るに・見そめたま
ひてん人を・おほろけならてわすれ給ましかめるこそいとたのもしけれ・あかしの入道のためしにやならましなとい
へと・みないそきたちにたり・かの人はふみをたにえやり給はす・たちまさるかたの心にかかりて・ほとふるままに
わりなくこひしき御おもかけ・おきふしまたあひ見てもやとおもふよりほかのことなし。宮の御もとへもあいなう心
うくてまいりたまはす・まれまれまいりたまうては・おはせしかた・としころあそひなれ紹しところのみ・思いてら
るることまされは・さとさへうくおほえ給つつなをこもりゐたまへり。とのはこのにしの(36オ)」たいの御方にそ・き
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にやはらかならん人をこそ見めともおもふ・又むかひゐて見るかひなからんもいとおしけなり・かくて(36ウ)」としつ
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ことにおはしませと・猶いときよらにて・ここにも・かしこにも・人はかたちはよきものとのみならひたまへるを・
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そみたまひぬ・おとこはくちおしききはの人たにも・心をたけうこそつかうなれ・あまりしめやきてなものしたまひ
そ・なに事をかあなかちには思たまふへき・(37ウ)」ゆゆしくとのたまふ・なにかは六ゐなと・人もあなつりはへめれ
は・しはしのことと思たまふれと・うちへまいるも物うくてなん・こおととおはせましかは・たはふれにても人には
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にもたはやすくまいることもし侍らす・たたひんかしの院にてのみなん・おまへちかくなとははへる・たいの御かた
こそあはれにものし給へ・おやいまひとところおはせましかは・なに事を思侍らましとて・なみたのおつるをまきら
はし給へるけしき・いみしうあはれなるを見たまふままに・宮もほろほろとなき給て・ははに(38オ)」をくるる人はさ
こそは・ほとほとにつけてあはれなれと・をのかすくせくせに・ひととなりはてぬれは・をろかに思おやなきわさな
るを・たたよろつ思いれぬさまにてをものし給へ・おととのいましはしたにものしたまへかし・かきりなき御かけと
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の人にはあらす・よ人もめていふなれと・むかしにかはることのみまさりゆくに・いのちのなかきもうらめしきを・
おひさきとをき人さへかう・いささかにてもよを思しりたまへれは・いとなんよろつうらめしきよなるとてなきおは
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します。ついた(38ウ)」ちにもおほい殿は御あるきしなけれは・のとやかにておはします・よしふさのおととなときこ
えける・いにしへの人になすらへて・あをむまひき・せちゑの日は・内のきしきをうつして・むかしのためしよりも
ことそヘて・いつくしき御ありさまなり。きさらきのはつかあまりのほとに・朱雀院に行幸あり・花のさかりはま
たしきころのおほえなれと・三月はこ宮の御き月なりとて・とくひらけたるさくらともの・いろもいとおもしろけれ
は・院にも御よそひことに・つくろひみかかせ給・行幸につかまつり給へき人人も・上達部・みこたちより・はしめ
・こころつかひしたまへり・みなあをい(39オ)」ろにさくらかさねをきたまふ・みかとはあかいろの御そたてまつりた
り・めしにておほきおととまいり給・おなしあかいろきたまへれは・いよいよひとつものとめもかかやきて見えまか
はせ給・人の御さうそくよういとも・つねよりことなり・院もいときよらにねひまさらせ給て・御よういさまなまめ
きたるかたにすすませ給へり・けふはわさと・文人もめさす・たたそのころかしこしとなきこえたる・かくさう十人
をめす・しきふつかさのこころみのたいをなすらへて御たいたまふ・おほとのの太郎君の・こころみたまはりたまふ
へきゆへなめり・おくたかきものともは・ものもおほえす・つなかぬ舟にのりて・(39ウ)」いけにはなれゆくいとすへ
なけなり・日やうやうくたりて・かくのふねともこきまひて・てうしともそうするほと・やまかせのひひきおもしろ
くふきあはせたるに・火さの君はかくくるしきみちならても・ましらひあそふへき身をと・うらめしくよのなかおほ
え給けり・春鴬囀まふほとに・むかしのはなの宴の日おほしいてて・院のみかと・またさはかりのことを見てんやな
とのたまふにつけて・そのよのこと思つつけらるるあはれなり・ひま侍ほと・おとと・院に御かはらけまいり給
『うくひすのさへつるこゑはむかしにて(40オ)」むつれし花のかけそかはれる』。院のうへ
『ここのへをかすみへたつるかきねにもはるとつけくるうくひすのこゑ』。そちのみこときこえしいまは兵部卿にて
・いまのうへに御かはらけまいりたまうて
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『いにしへをふきつたへたるふえたけにさへつるとりのねさへかはらぬ』。あさやかにそうしなしたまへるよういこ
とにめてたし・とらせたまひて
『うくひすのむかしをこふるさへつりは木つたふ花のいろやあせたると』。のたまはする御(40ウ)」ありさま・こよな
うゆヘゆヘしうおはします・これは御わたくしさまに・うちうちのことなれは・あまたにもなかれすやなりにけむ・
又かきおとしてけるにやあらん。かくまとほにておほつかなけれは・御前に御ことともめして・兵部卿の宮ひは・う
ちのおととわこん・さうの御ことゐんの御前にまいりたまひて・きんはれいのおほきおととをせめきこえたまふ・さ
るいみしき上すにすくれたる御てつかひともの・つくしたまへるねはたとへんかたなし・さうかの殿上人あまたさふ
らふ・あなたうとあそひて・つきにさくら人・月おほろにいてておかしきほとに・なかしまのわたりに(41オ)」ここか
しこにかかり火ともして・御あそひともはやめさせたまはぬほとに・夜ふけぬれと・かかるついてにとおほきさいの
宮のおはしますかたをよきて・とふらひきこえ給はさらんもなさけなけれは・かへ殿にわたらせたまふ・おととも御
ともにさふらひたまふ・きさきまちよろこひたまひて御たいめんあり・いといたうすきたまひにけるけはひにも・故
宮おもひいてきこえたまふて・かうなかくおはしますたくひもありけるものをとくちおしくおほす・いまはかくふり
ぬるよはひに・よろつのことわすられ侍にけるを・いとかたしけなく・かくわたらせおはしまいたるになん・さらに
むかし(41ウ)」のよの事おもたまへいてられけるとうちなきたまふ・さるへき御かけともにをくれ侍てのちは・はるの
くるるけちめもおもたまへわかれぬを・けふなんなくさめ侍ぬれは・又又もときこえ給。おとともさるへきさまに
きこえて・ことさらになんとてのとやかならす・かへらせ給きしきもなを・きさきはむねうちさはきて・いかにおほ
しいつらん・かくよをたもちたまふへき御すくせはけたれぬものにこそと・いにしへをくひおほす・ないしのかみの
きみものとやかにおほしいつるに・あはれなることともおほかり・いまも猶さるへきおり・かせのつてにてもほのめ
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ききこえ給ふことたえさるへし・きさきは(42オ)」おほやけにそうせさせ給ことあるときとき・御たうはりのつかさか
ふり・なにくれのことにふれつつ・御心にかなはぬときそ・いのちなかくてかかるよのすゑを見るかこころうきこと
とおほしいかり・とりかへさまほしくよろつおほしむつかりける・おいもておはするままに・さかなさもまさりて・
院もくらへくるしうたへかたうそ思きこえたまひける・かくて大學の君・その日のふみいとうつくしうつくりたまひ
て・進士になりたまひぬ・としおとなひかしこきものともをえらせ給しかと・きうたいの人わつかに三人なんありけ
る・あきのつかさめしにかふりえて・ししうになり給ぬ・かの人の御こと(42ウ)」わするるよなけれと・おととのせち
にまほりきこえ給もつらけれは・わりなくてなともたいめし給はす・御せうそこはかり・さりぬへきたよりにきこえ
給て・かたみに心くるしき御なかなり。大殿しつかなる御すまひを・おなしくはひろう見ところありて・ここかしこ
にて・おほつかなきやまさと人なとをも・つとへすませたてまつらんの御こころにて・六条京極のわたりに・中宮の
御ふるき宮のほとり・よまちをしめてつくらせ給。式部卿の宮あけむとし五十にたりたまひけるを・御賀のことたい
のうへおほしまうくるに・おとともけにすくしかたきことなりとおほして・さやうの御いそきも(43オ)」おなしくは・
めつらしからん御いゑにてとおほしをきてていそかせ給。としかへりてはましてこの御いそきの事・御としみのこと
・かく人・まひ人の・さためなと御こころにいれていとなみたまふ・經・ほとけ・ほうしの日の・御さうそく・ろく
ともなとをなんうへはいそきたまひける・ひんかしの院にもわけてし給こともあり・御なからひまして・いとみやひ
かにきこえかはし給てなんすくしたまひける・よのなかひひききこゆる御いそきなるを・式部卿の宮にもきこしめし
て・としころよのなかに・あまねき御心なれと・このわたりをは・あやにくにことにふれてはしたなめ・宮人をも御
よういなく・うれはしきことなと(43ウ)」おほかり・いにしへつらしとおもひをき給ことこそありけめと・いとおしく
も・からくもおほしたりけるを・かくあまたかかつらひたまへる人人おほかる御なかに・とりわきたる御思すくれ
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て・よのなかにこころにくきものに思かしつかれ給へる御すくせを・わかいゑまてはにほひこねと・かきりなきめい
ほくに思を・又かくこのよにあまるまてひひかしいとなみ給は・おほえぬよはひのすゑのさかえにもあるへきかなと
おほしの給を・きたのかた心ゆかすものしとのみおほしたり。女御の御ましらひのほとなとにも・おととの御ようい
なきやうなるを・いよいようらめしと思しり給へるなるへし。八月にそ六條院つくり(44オ)」はててわたり給・ひつし
さるのまちは・中宮の御ふる宮なれはやかておはしますへし・たつみはとののおはしますへきかたなり・うしとらは
ひんかしの院にすみ給たいの御かた・いぬゐのまちはあかしの御かたとおほしをきてさせ給て・もとありける・いけ
・やまをも・ひなきところなるをはくつしうめて・水のおもふき・山のをきてをあらためて・さまさまにかたかたの
御ねかひのままをつくらせ給へり・みなみのひんかしには・やまたかくはるのはなの木とも・かすをつくしてうつし
うへ・いけのさまゆほひかに・おもしろくすくれて・御まへちかきせさいに・こえう・こうはい・ふち・やまふき・
いはつつ(44ウ)」しなとやうの・はるのもてあそひ物をわさとはうへて・秋のせさいをはむらむら・ほのかにませたり。
中宮の御まちは・もとの山にもみちのいろこかるへきうへきともをそへ・いつみのしりゆたかにすましやりて・水の
こゑともまさるへき・いはともたてくはへ・たきおとして・あきののをはるかにつくれる・そのころにあひて・さか
りにみたれおもしろきことすくれたり・さかの・おほゐのわたりの野山も・ともにうつされたるあきなり。きたのひ
んかしは・すすしけなるいつみありて・なつのかけによれり・まへちかきせさいに・くれたけうへ・したかせすすし
かるへき・こたかきもりの(45オ)」やうなる木ともこふかう・おもしろきやまさとめきてそ見ゆる・卯花さくへきかき
ねことさらにしわたして・昔おほゆるはなたちはな・なてしこ・さうひ・くたんなとやうのはなのくさを・とりたて
てはうへたり・春秋の木草は・その中にうちませたり。ひんかしおもてはわけて・むまはのおととつくり・らちゆひ
て・五月の御あそひところにして・水のほとりに・さうふうへしけらせて・むかひにみまや・よになき上めともとと
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のへたてさせ給へり。にしのまちには・きたおもてつきわけて・みくらまちのやうなり・へたてのかきに・からたけ
うへて・松のはしけく・ゆきをもてあそはむたよりによせた(45ウ)」り・冬のはしめよりあさしものえんにむすふへき
・きくのまかき・われはかほなるははそはら・おさおさなもしらぬみ山木ともの・こふかきをうつしうへなと・ここ
ろこ¥ろろにして・ひかんのころほひにわたりたまふ・ひとたひにとさため給へるを・物さはかしきやうなりとて・中宮
はすこしのへさせ給へり・れいのおいらかにけしきははぬ・花ちる里そそのよそひにてうつろひ給・春の御しつらひ
はこのころにあはねと・いとこころことなりや・御車十五・御前・四位・五位かちにて・六位の殿上人なとはさるへ
きかきりをえらせ給へり・こちたきほとにもあらす・よのそしりもやとはふきたまへは・なにこと(46オ)」もおとろか
しう・いかめしきことはなし・いまひとかたの御きしきも・おさおさおとし給はて・侍從のきみそひてこなたはもて
かしつききこえ給へは・けにかうもあるへきことなりけりと見えたり・女房のさうしまちとも・あてあてのこまけそ
・おほかたのことよりもめてたかりける・五六日すくして中宮まかてさせ給・この御きしきはたさいへと・いととこ
ろせし・御さいはひのすくれ給へりけるをはさるものにて・人の御ありさまのこころにくくをもりかにおはしませは
・よにをもくおほえ給へることすくれてなんおはしましける・このまちまちのなかへたてには・へいとも・らうなと
をとかくゆきかよはせて・けちかく(46ウ)」おかしきあはひにしなし給へり。なか月になれは・もみちむらむらいろつ
きて・宮の御まへえもいはすおもしろし・風うちふきたるゆふくれに・御はこのふたにいろいろのはなもみちをこき
ませて・こなたにたてまつれ給へり・おほきやかなるわらはの・こきあこめに・しをんのをり物かさねて・あかくち
はのうすもののかさみいといたうなれて・らう・わたとの・そりはしをわたりてまいる・うるはしき御きしきなれと
・わらはのおかしきをなんえおほしすてさりける・さるところにさふらひなれたれは・もてなしありさまほかのには
にす・このましうおかし・御せうそこには(47オ)」
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『こころからはるまつそのはわかやとのもみちをかせのつてにたに見よ』。わかき人人御つかひもてはやすさまと
もおかし・御かへりはこの御はこのふたに・こけしき・いはなとのこころはえして・五えうのえたに
『風にちるもみちはかけしはるの色をいつはの松につけてこそ見め』。このいはねのまつもこまかに見れは・えなら
ぬつくりことともなりけり・よくとりあへても思より給へる・ゆヘゆヘしさなとおかしう御覽す・御前なる人人も
めてあへり。おととこのもみちの御せうそこいとねたけなめりかし・はるのはな(47ウ)」さかりにこの御いらへはきこ
え給へ・このころもみちをいひくたさんも・たつたひめうしと思ぬへきをさししそきて・花のかけにたちかくれてこ
そ・つよきことははいてこめなときこえ給も・いとわかやかにつきせめ御ありさまの見ところおほかるに・いとと思
やうなる御すまひにてきこえかはしたまふ。大ゐの御かたは・かうかたかたの御うつろひさたまりて・かすならぬ人
はいつともなくまきらはさんとおほして・神無月になんわたりたまひける・御しつらひ・ことのありさまおとらすし
てわたしたてまつりたまふ・ひめきみの御ためをおほせは・おほかたのさほうもことに・・けちめ(48オ)」こよなからす
・いとものものしうもてなさせたまへり(48ウ)」
尾州家 河内本 (武蔵野書院版) 目次へ戻る