12巻 須 磨
畳語、繰り返し文字は文字になおしてあります。和歌部分は『 』で囲んであります。句点は「。」になおしてあります。
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よのなかいとわつらはしく・はしたなき事のみまされは・せめてしらすかほにてありへても・これよります事もやと
おほしはてぬ。かのすまは・むかしこそ人のすみかなともありけれ・いま〈は〉いとさとはなれ・こころすこくて・
あまのいへたにかすかになむ・なりにたるとききたまへと・人しけくひたたけたらむすまゐは・いとほいなかるへし
・さりとてみやこをとほさからむも・ふるさとおほつかなかるへきを・人わるくそおほしみたるる。よろつの事を・
きしかたゆさくき・つれつれとおほしつつくるに・かなしき事いとさまさまなり。うとましき物におもほしはてつる
なへてのよをも・いまはとすみは（１オ）」なれたまひなむ事とおほすにつけては・いととすてかたき事おほかり。なか
にもひめ君のあけくれにそへて・おもひなけきたまへるさまの心くるしうあはれなるを・ゆきめくりても・又あひ見
む事をかならすとおもはむにても・なを二三日のほと・よそよそにあかしくらすおりおりたに・おほつかなくおもほ
え・をむな君も心ほそき物におもふたまへるを・いくとせそのほととかきりたるみちにもあらす・へたたりゆかむ事
さためなきよにやかてわかるへきかとてにもやと・いみしうおほさるれは・もろともにや・しのひてとおほしよるお
りおりりあれと・さる心ほそきうみつらの・なみ風よりほかにたち〈ましる〉人も（一ウ）」なからむに・かくらうたき御さ
まにて・ひきくし給へらむも・いとつきなく・わか御心にも・中中物おもひのつまなるへきをなとおもほしかへす。
女君はいみしからむはなれしまにも・おくれきこえすたにあらはと・うらめしけにおほしたり。かのはなちるさとに
も・おはしかよふ事こそまれなれ・心ほそくあはれなる御ありさまを・たたこの御かけにかくれてのみすくし給へは
・いみしうおほしなけきたるさま・いとことはりなり。なをさりにて・かよひ給しところところのほのかにも見たてま
つり給しなとは・人しれぬ心をくたく〈人〉そおほかりける。入道のみやよりも・物〈の〉きこえや又いかさまにとり
なさむと・わか御ため人の御ため・いとおしう・つつまし（２オ）」けれと・しのひつつ御とふらひつねにあり。むかしか
やうにもあひおもほし・あはれをも見せ給はましかはとうち思いて給にも・さもさまさまに心をのみつくすへかりけ
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る人の御ちきりかなとつらう思きこえたまふ。三月はつかあまりのほとになむ・みやこ・はなれ給ける。人にはいま
ともしらせ給はす・たたいとちかうつかうまつりなれたるかきり七八人はかり御ともにて・いとかすかにていてたち
給。さるへきところところには御ふみはかりそきこえ給。わさとならすうちしのひ給しわたりなとにも・あはれしのは
るはかりかきつくし給へるは見ところもありぬへかめりしかと・そのおりのここちのまきれに・はかはかしくもえき
きをかすなりにけり。（２ウ）」おほいとのに二三日かねて・夜にかくれてわたり給へり。あしろくるまのうちやつれた
るに・女のさまにてかくろへいり給もいとあはれにゆめとのみ見ゆ。御方はさひしけにうちあれたるけしきして・わ
かきみの御めのととも・さふらひしなかにもまかてちらぬかきり・かくわたりたまへるを・めつらしかりきこえて・
まうのほりつとひて見たてまつるにつけても・ことにものふかからぬわかき人人さへ・よのつねなさを思しられて
・なみたにくれたり。わかきみはいとうつくしくされて・はしりおはしたり。ひさしきほとにわすれぬこそあはれな
れとて・ひさにすゑ給へる御けしきいとしのひかたけなり。おととこなたにわたり給て・たいめしたまへり。（３オ）」
つれつれにこもらせ給へるほと・なにとは侍らすとも・まいりきてむかしの御物かたりもつねにと思給ふれと・みの
やまひのをもきにより・おほやけにもつかへ侍らす・くらゐをかへしたてまつりて・かくこもり侍に・わたくしさま
には・こしのへてなともののきこえ・ひかひかしかるへきを・いまはよの中をははかるへきみにもはへらねと・いち
はやき世のいとおそろしう侍てなむ・かかる御ことを見たまふるにつけて・いのちなかきはいとはしう思給へしらる
るよのすゑにも侍かな。あめのしたをさかさまになしても・思給よらさりし御ありさまを・見たてまつれは・よろつ
いととあちきなくなと・きこえ給て・いといたうしほたれ給。とあることもかかる事も・さきのよのむくひにこそは
はへ（３ウ）」なれは・いひもていけは・たたみつからのをこたりにのみなむ・さしつつきかうしもつかさなとはとられ
す。あさはかなることにかかつらひてたに・おほやけにかしこまりきこゆる人の・うつしさまにて・よをすくすはとか
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をもきわさに・ひとのくににもし侍けるを・とほくはなちつかはすへきさためなとも侍なるは・さまことなるつみに
あたるへきにこそははへなれ・にこりなきこころにまかせて・つれなくすくし侍らむ事も・いととははかりおほく・こ
れよりおほきなるはちに・のそまぬほとに・よをのかれなむと思給へたちぬるなと・こまやかにかたらひきこえ給。
むかしの御物かたり・院の御ことおもほしのたまうし御心はへなときこえいて給て・たれも（４オ）」こころつよくも・
えもてなししつめたまはす。わかきみなに心もなく・まきれありきたまうつつ・これかれになれきこえ給を・いみし
とおもほいたり。すき侍りにし人を・いみしく思給わするるおりなくのみ・いまにかなしひつるを・この御ことにて
なむ・侍よなりせは・いかやうにおもひなけき侍まし・よくそみしかくて・かかるゆめをもみすなりにけると思給へ
なくさめはへるを・おさなくものし給か・かくよはひすきぬる中にととまり給て・なつさひきこえたまはぬ月日やへ
たたり侍らむと思給ふるになむ・よろつの事よりこえて・かなしく侍る。いにしへの人もまことに・をかしあるにて
しも・かかるつみにはあたりはへらさりけり。猶さるへき（４ウ）」にて・ひとのみかとにも・かかるたくひおほく侍り
けれと・いひいつるふしありてこそ・さる事も侍けれ。とさま・かうさまに思給よらむかたなくなむなと・おほくの
御物かたりきこえ給。三位の中將もまいりあひ給て・御みきなとまいりたまふに・夜ふけぬれは・ととまり給て・人
人おまへにさふらはせ給て・おほむものかたりなとせさせ給。人よりはこよなくしのひおほいたりし中納言のきみ
・いへはえにかなしとおもへるさまを・人しれす見しり給て・あはれとおもほす。人みなしつまりぬるほとに・とり
わきかたらひ給。これによりたちとまり給へるなるへし。あけぬれは夜ふかくいて給に・ありあけの月いとおかしき
やよひの（５オ）」はつかはかりなれは・はなのきともも・やうやうさかりすきて・わつかなるかけのいとしろきにはに
・うすくくらかりて・そこはかとなく・かすみあひたるほと・あきの夜のあはれにおほくたちまされり。すみのまの
かうらんにをしかかりて・とはかりなかめ給。中納言君・見たてまつりをくらむと思かほに・つまとをしあけてゐた
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り。又たいめあらむことこそ思へはいとかたけれ・かかりける身をしらて・心やすくもありぬへかりし月日を・さし
もいそかてへたてけるよとの給へは・物もえきこえやらてなく。わか君の御めのと宰將のきみして・宮の御せうそこ
きこえ給へり。みつからもきこえさせまほしきを・かきくらすみたり心地ためらひはへりつるほとに・いと夜ふかく
（５ウ）」いてさせ給ふなるも・さまかはりたる心ちもしはへるかな。心くるしき人の・いきたなきほとをしはしもやす
らはせ給はてときこえ給へは・うちなき給て
『とりへ山もえしけふりもまかふやとあまのしほやくうらみにそゆく』。御かへりともなくうちすんし給て・あか月
のわかれ〈は〉かうのみやこころつくしなる・思しり給へる人もあらむかしとのたまへは・いつとなくわかれといふ
もしこそうたてはへる中に・けさは猶たくひあるましく思給へらるるほとかななと・はなこゑにて・けにあさからす
おもへり。きこえさせまほしきことも・かへすかへす思ふたまへなから・たたむすほほれ侍ほとも・をしはからせ給へ・
（６オ）」いきたなき人は・見たまへむにつけても・うきよのかれかたく思給へらるへけれは・よろつ心つよく思給なし
て・いそきまかてはへるときこえたまふ。いて給ほと・人人のそきて見たてまつる。いりかたの月かけいとあかき
に・いととなまめかしうきよらにて・ものをおほしみたれたるさま・おにかみたにもなきぬへし。ましていはけなく
おはせしほとより・見たてまつりそめし人人なれは・たとしへなき御さまをいみしとおもふ。まことや・御かへり
は
『なき人のわかれやいととへたたらんけふりとなりしくもゐならては。とりそへてあはれつきせす。いて給ぬるな
こり・ゆゆしきまてなきあへり。とのにおはし（６ウ）」たれは・わか御方の人人もみなまとろまさりけるけしきにて
・ところところむれゐつつあさましとのみよをおもへり。さふらひには・したしうつかうまつるかきりは・御ともなる
へき心まうけして・わたくしのわかれおしむほとにや・人かけもなし。さらぬ人はたとふらひにまいるも・おもきと
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かめあり・わつらはしき事のみまされは・ところせくつとひし・むまくるまのかたもなく・さひしきも・よはうきも
のなりけりとおほししらる。たいはんなともかたへはちりはみて・たたみところところひきかへしたり。見るほとたに
かかり・ましていかにあれゆかむとおもほす。にしのたいにわたり給へれは・みかうしもまいらて・さなからなかめ
あかし（７オ）」給けり。すのこなとに・わかきひとひとわらはへなと・ところところにふして・いまそおきさはく・との
ゐすかたとも・いとおかしうて・いるを見たまふにも・心ほそくとし月へは・かかる人人もえしもありはてすや・
ゆきちらむなと・さしもあるましきことさへ・御めのみととまりけり。よへはしかしかして・よふけにしかはなむ・
れいの思はすなるさまにや・おほしなしつる・かくてはへるほとたに・御めかれしと思を・かくよをはなるるきはに
しも・心くるしきことのみ・をのつからおほかりけるを・ひたやこもりにてやは・つねならぬよに人にもなさけなき
ものと・心をかれ侍らむ事・いとをしくてなむなときこえ給へは・かかるよを見はへるよりほかのおもはすなる（７
ウ）」ことは・なにことか思給へられむとはかりのたまひて・おほしいりたるさま・人よりことなり。ことはりそかし
・ちちみこは・いとをろかに・もとよりおほしつきにけるに・ましてよのきこえをわつらはしかりて・をとつれもき
こえ給はす・御とふらひなとにたにわたり給はぬを・人の見思ふ覽ことも・はつかしく・なかなかしられたてまつら
てやみなましを・ままははのきたの方の・にはかなりし御さいはひの・なとかう心あはたたしき・あなゆゆしや・お
もふ人に・かたかたにつけて・わかれ給人かななとのたまひけるを・さるたよりありて・もりきき給も・いみしうこ
ころうけれは・これよりもたえてをとつれきこえ給はす。又たのもしきひともなく・けに（８オ）」あはれなる人の御あ
りさまなり。なをよにゆるされなくて・とし月へは・いはやのなかにもむかへたてまつりてむ・たたいまはひときき
のいとつきなかるへきなり。おほやけにかしこまる人は・あきらかなる月日のかけをもみす・身をやすらかに・ふる
まふことも・いとつみをもかなり・あやまちなけれと・さるへきにてこそは・かかることもあらめと思に・まいてお
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もふ人くするは・れいなきことななるを・ひたおもふきに・ものくるをしきよにて・これよりたちまさるはちもあり
なむとつつみてなむと・きこえしらせ給て・ひたくるまて・おほとのこもれり。帥のみこ・三位中將なとまいりたまへ
るにそ・たいめし給とて・おき給て・御なをしなとたてまつる。くらゐなき人はとて・む（８ウ）」もんのなをしのなか
なかいとなつかしきをき給て・うちやつれ給へるしも・いとめてたし。御ひんかき給とて・きやうたいによりたまへ
るに・おもやせ給へるかけの・われなからあてにきよらなれは・こよなうこそおとろへにけれな・このかけのやうに
や・・せて侍・あはれなるわさかななとの給へは・女君なみたをひとめにうけて・見をこせ給へるいとしのひかたし
『みはかくてさすらへぬともきみかあたりさらぬかかみのかけははなれし』と・きこえ給へは
『わかれてもかけたにとまるものならはかかみを見てもなくさめてまし』。いふともなくまきらはして・はしらかく
れにそひふして・うしろむきてなき給へるさま・なを（９オ）」ここら見るよの中に・たくひなくもありける人の御さま
かなとそまもられ給。みこはあはれなる御物かたりつきせすきこえ給て・くるるほとにかへり給ぬれは・はなちるさ
との心ほそけにおほして・つねにきこえたまふもいとことはりにて・かの人もいまひとたひ見すはつらしともやいと
と思はむとおほせは・そのよも又いて給物から・ものうくて・いといたくふかしておはしたれは・女御かくかすまへ
給て・たちよらせ給へは・まちよろこひ給て・よろつきこえたまふ事ともかきつつけむもうるさし。いといみしう心
ほそき御ありさまともも・たたこの御かけにかくれてのみすくし給へるを・とし月いととあれまさらむほと思やられ
て・とののうちいとかすか（９ウ）」なり。月おほろにさしいてて・いけひろく・山こふかきわたり・とりあつめて心ほ
そけに見ゆるにも・すみはなれたらむいはほの中おほしやらる。にしをもてには・かうしもわたり給はすやと・うち
くしておもほしつつけけるに・あはれをそへたるつきかけの・なまめかしうしめやかなるに・うちふるまひ給へるに
ほひ・にるものなくて・いとしのひやかにいり給へは・すこしゐさりいてて・やかて月を見つつおはす。又ここにて
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御物かたりにあけかたちかうなりにけり。みしかよのほとや・かはかりのたいめも又はえしもやと思こそ・ことなし
にすくしつるとし月もくやしく・かうきしかたゆくすゑのためしになるへきみにて・なに事となく・（１０オ）」こころほ
そく・たましひしつまるよなきにこそありけれと・きしかたのことともの給いてつつ・つきせぬほと・とりもしは
しはなけは・よをつつみていそきいてたまふ。れいの〈月の〉いりはつるほとよそへられて・あはれなり。女君のこ
き御そに・うつりてけにぬるるかほなれは
『つきかけのやとれるそてはせはくともとめても見はやあかぬひかりを』。いみしとおほいたるか心くるしけれは・
かつはなくさめきこえたまふ
『ゆきめくりつゐにすむへき月かけのしはしくも覽そらななかめそ』。思へははかなしや・たたしらぬなみたのみこ
そ・心をくらす物なりけれなとの給て・（１０ウ）」あけくれのほとにいてたまひぬ。よろつのことともしたためさせ給。
したしうつか〈う〉まつり・よになひかぬきわの人人・とののこととりをこなふへきかみしも・さためをかせ給。
御ともにしたひきこゆるかきりは・みなえりいてさせ給。かのやまさとの御すみかのれうには・えさらすとりつかひ
給へきものとも・よそひもなく・ことそきて・しなしつつ・ふんすなにくれさるへきふみとものいりたるはこなと・
さては・きむひとつとをそもたせ給へる。ところせき御てうと・はなやかなる御よそひなとは・さらにくし給はす。
いとかろ〈ら〉かに・あやしき山かつめきてもてなし給。さふらふ人人よりはしめ・よろつのことみな・にしのた
いにきこえわたし給。らうし給と（１１オ）」ころころ・みさうみまきのけんたつふみともなと・みなたてまつりをき給。
それよりほかのみくらまち・なにかの事まて・少納言のめのとの心はへはかはかしううしろめたからす・見をきたま
へれは・したしかなる・けいしともくして・しろしめすへきさまのたまひあつく。我御方の中將のきみ・なかつかさ
なとやうの人人・つれなき御もてなしなからも・見たてまつるにこそ・なくさめつれ・なににつけてかと思へと・
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もしいのちありて・このよに又かへりこむを・まち見む人は・こなたにさふらへとのたまて・かみしもみなまうのほ
らせ給て・さるへき物ともなと・みなしなしなにしたかひて・くはらせ給。わかきみの御めのと・はなちるさとなと
にも・おかしきさまのはさる（１１ウ）」物にて・まめまめしきすちにもおもほしよらぬくまなし。内侍のかみの御もとに
も・わりなくてつたへきこえ給。〈とはせ給〉はぬもことはりに思給へなから・いまはとよを思はなれ侍ほとは・う
さもつらさもたくひなきことにこそ侍けれ
『あふせきなきなみたのかはにしつみしやなかるるみをのはしめなりけむ』と・思給へいつるのみなむ・つみのかれ
かたく侍ける。みちのほともあやうけれは・こまかには・えきこえ給はす。女いみしうおほえ給て・しのひ給へと・
御そてよりあまるもところせくなむ
『なみたかはうかふみなわもきえぬへしなかれてのちのせをもまたすて』。なくなくみたれかい給へる御ていとおか
（１２オ）」しけなり。いまひとたひのたいめもなくてとおほすはほたしなれと・おほしかへして・うしとおもひきえたま
の御はかおかみたてまつり給とて・きた山へまうて給。あかつきかけて月いつるころなれは・まつ入道の宮にまいり
給へり。ちかきみすのまへにおましまいりて・御みつからきこえ給。春宮の御ことをいみしううしろめたきことに思
きこえ給て・かたみにきこえ給。こ〈こ〉ろふかきとちの御物かたり・はたよろつあはれまさりけむかし。なつかしう
めてたき御けはひのむかしにもかはらぬに・つらかりし御心はへもかすめき（１２ウ）」こえまほしけれと・いまさらにう
たてとおほさるへし。我御こころにも・中中いまひときはみたれまさりぬへけれは・ねんしかへして・たたかく思
かけぬつみにあたり侍も思給へあはすることのひとふしになむ・そらおそろしうおほえはへる。おしけなき身は・な
きになしても・宮の御よたにのとけくおはしまさはとのみきこえたまふそことはりなるや。宮もさまさまおほすこと
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しあれは・御心のみうこきてえきこえ給はす。大將よろつのことをかきあつめおもほしつつけてうちなき給へるけし
きいとつきせすなまめき給へり。御やまにまいり侍を・おほむことつてやときこえ給に・とみに物もえきこえ給はす。
いみしうためらひ給御けしきなり。（１３オ）」
『見しはなくあるははかなきよのはてをそむきしかひもなくなくそふる』。いみしき御こころまとひともにおもほし
あつむることもえそつつけ給はぬ
『わかれしにかなしきことはつきにしを又そここのよのうさはまされる』。月まちいててまかてたまふ。御ともにた
た五六人はかり・しも人もむつましきかきりして・御むまにておはするさまさらなることなれと・ありしよの御あり
さまにことなり。みないとかなしとのみ思なかにかのみそきの日かりのみすいしんにてつかうまつりし・左近のそう
のくら人・うへきかうふりのほともすきつるを・つゐにみふたけつられて・つかさも・とけて・はしたなけれは御と
もにま（１３ウ）」いるうちなり。かものしものみやしろを・かれと見わたすほと・ふともの思いてられて・おりて御むま
のくちをとる
『ひきつれてあふひかさししそのかみをおもへはつらしかものみつかき』と・きこゆれは・けにいかにおもふらむ・
人よりけにはなやかなりしものをと・おもほすも心くるし。君も御むまよりおり給て・みやしろのかたおかみ給。か
みにまかりまうしし給
『うきよをはいまそわかるるととま覽なをはたたすのかみにまかせて』。はなうちかみ給へるも・物めてするわかき
人にて・いととみにしみて思。御山にまうて給て・むかしおはしましし御ありさまなと・たためのまへのやうにおほ
しいてらる。かき（１４オ）」りなけれと・よになくなりぬる人そいはむかたなくくちをしきわさなりける。よろつのこと
をなくなく申給ても・そのことはりをあらはにうけたまはり給はねは・さはかりおほしのたまはせし・さまさまの御
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ゆいこんは・いつちかきえうせにけむといふかひなし。御はかはみちのくさしけくなりて・わけいり給ほといととつ
ゆけきに・月もくもかくれて・もりのこたちこふかく心すこし。かへりいて給はむかたもしられぬ心ちして・おかみ
給に・ありし御おもかけのけさやかに見え給たるも・そそろさむきほとなり
『なきかけやいかか見るらむよそへつつなかむるつきもくもかくれぬる』。あけはなる〈る〉ほとにかへりいて給へ
り。春宮に御（１４ウ）」せうそこきこえ給。王命婦を大宮の御かはりとてさふらはせ給へは・そのつほねにとて・けふな
むみやこはなれ侍り。いまひとたひまいらすなり侍ぬるなむ・あまたのうれへにまさりて思給へられはへる。よろつ
をしはかりて・けいし給へ。
『いつか又はるのみやこのはなを見むときうしなしへる山かつにして』。さくらのちりすきたるえたにつけてまいら
せ給へり。かくなむと御覽せさすれは・おさなき御ここちにもまめたちておはします。御返はいかかものし侍らむと
・けいすれは・しはし見ぬたにこひしきに・とほくはましていかにといへかしとのたまはすれは・ものはかなの御返
やとあはれに見たてまつる。あちきなきことに・御心をくたき給しむかしのこと・（１５オ）」おりおりの御ありさま思つ
つけらるるに・もの思なくて・われも人もすくし給へかりけるよを・心とおほしなやみけるも・くやしう・我心にま
かせけむことのやうにそおほゆる。御かへりはさらにえきこえさせやり侍らすなむ。御前にはけいしはへりぬ。心ほ
そけにおもほされたる御けしきも・いみしうのみなむなと・そこはかとなく心のみたれけるなるへし
『さきてとくちるはうけれとゆくはるははなのみやこをたちかへり見よ』。ときしあらはとのみきこえて・なこりも
あはれなる御物かたりなときこえさせつつなきあへり。ひとめも見たてまつるかきりの人は・かくおほしくつをれぬ
る御ありさまをなけき・おしみきこえぬ人なし。ましてつねに（１５ウ）」まいりつかうまつりなれきこゆるは・たかきみ
しかきともいはす・しりをよひ給ましききはのおさめみかはやうなとまて・ありかたき御かへりみのしたなりつるを
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・しはしにても見たてまつらぬほともやへむと思なけきたることはりなり。おほかたのよの人もたれかはおしみきこ
えぬあらむ。ななつになり給しこのかた・みかとのおまへによるひるさふらひ給て・そうし給ことの・ならぬはなか
りしかは・この御いたはりにかからぬ人やはありし。やむ事なきかんたちめ・辨官なとの中にも・おほかり。それよ
りしも・はたいふへきにもあらす。思しらぬにはあらねと・さしあたりて・いちはやきよをははかりて・かかるほと
にまいりよる人もなし。（１６オ）」よゆすりてかなしひあはれかりきこえつつ・したにはおほやけをそしりうらみたてま
つれと・みをすててとふらひまいらむにも・なにのかひかはとおもふにや・かかるおりには人わろくうらめしき人お
ほく・よはあちきなきものかなとのみ・よろつにつけておもほししらる。その日は・をむなきみに御ものかたりのと
かにきこえくらし給ひて・夜ふかくそいてたち給。かりの御そなとたひすかたにいたうやつし給て・月いてにけり・
なをすこしいてて・見たにをくり給へかし。いかにきこゆへきことおほくつもりにけりとおほえむとすらむ・ひと日
ふつかたまさかにへたつるほとたにあやしういふせき心ちする物をとて・みすまきあけてはし（１６ウ）」におはす。女き
みなきしつみておはするを・ためらひて・ゐさりいて給へり。月かけに・いみしうおかしけにてゐ給へるを見給に・
わか身やかてはかなきよにわかれなは・いかなるそらにさそらへ給はむと・うしろめたくかなしけれと・いみしうお
ほしたるかいととしかるへけれは
『いけるよのわかれをしらてちきりつついのちを人にかきりけるかな』。はかなしなとあさはかにきこえなし給へは
『おしからぬいのちにかへてめのまへのわかれをしはしととめてしかな』。けにさそおほさる覽と・いと見すてかた
うかなしけれと・あけはてなは・いとはしたなかるへきにより・（１７オ）」いそきいて給ぬ。みちすからおもかけにつと
そひて・むねもふたかりなから・御ふねにのり給ぬ。日なかきころなるに・おひ風さへそひて・またさるの時はかり
に・かのうらにつき給ぬ。かりそめのみちにてもかかるたひをならひ給はぬ御心に・こころほそさもおかしさも・め
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つらかなり。大江とのといひけるところはいたうあれてまつはらはかりそしるしなりける。
『からくにになをのこしける人よりもゆくゑしられぬいゑゐをやせむ』。なきさによるなみのかつかへるをうち見給
ても・うらやましくもとすし給へる・さるよのふることなれとも・めつらしくききなされ・かなしとのみ御ともの人
はききあへり。うちかへり見給へるに・こしかたの山はか（１７ウ）」すみはるかにて・まことに三干里のほかの心ちする
に・かいのしつくたへかたし
『ふるさとをみねのかすみはへたつれとなかむるそらはおなしくもゐか』。つらからぬものなくなむ。おはすへきと
ころはゆきひらの中納言のもしほたれつつわひける・いゑゐちかきわたりなりけり。うみつらは・ややいりて・あは
れにすこけなる・山のなかなり。かきのさまよりはしめて・めつらかに見給。かややとも・あしふけるらうめくやな
とおかしうつくろひたてたり。ところにつけたる御すまゐ・やうかはりてかからぬおりならは・おかしうもありなま
しと・むかしの御心のすさひも・おもほしいてらる。ちかきところところのみ（１８オ）」さうのつかさともめして・さるへ
きことともおほせ・よしきよのあそむ・むつましきけいしにて・おほせをこなふもあはれなり。時のまにいと・見
ところありてつくろひなさせ給。みつふかうやりなし・うへきなとしわたして・いまはとしつまりゐ給ここちうつつ
ならす。くにのかみもしたしきとの人なれは・しのひて心よせつかうまつる。かかるたひともなく・人さはかしけれ
と・はかはかしく・物をもの給あはすへき人しまいらねは・しらぬくにの心ちして・いとうもれいたく・いかてとし
月をすくさむとすらむと・おほしやる。やうやうことしつまりゆくに・なかあめのころになりて・つれつれと京のこ
とともおほしやるに・こひしき人おほく・女君のおほしたりしさま・春宮の御こと・わか（１８ウ）」〔君のなに心もなく
・まきれたまひしなとを・はしめて・ここかしこおもひやりきこえたまうて・京へ人いたしたて給・二條院にたてま
つれたまふと・入道の宮とには・かきもやり給はす・くらされ給・みやには
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『まつしまのあまのとまやもいかならんすまのうら人しほたるるころ』・いつと侍らぬ中にも・きしかたゆくさき・
かきくらしいみしきに・みきはまさりてなん・ないしのかみの御もとには・れいの中納言のきみのもとに・わたくし
ことのやうにて・なかなかにつれつれと・すきにしかたの思（１９オ）」給へいてらるるにつけて
『こりすまのうらのみるめもゆかしきをしほやくあまのいかかおもはん』・さまさまにかきつくし給ことのは・おも
ひやるへし・おほいとのにも・宰相のめのとにも・わかきみによくつかうまつるへきよしいひつかはす・京にはこの
御ふみをところところに見給つつ・御心みたれ給人のみおほかり・二條院のきみは・そのままにおきもあかり給はす・
つきせぬさまに・おほしこかるれは・さふらふ人人も・こしらへきこえわつらひて・心ほそく思あへり・もてつか
ひたまひし御てうと・ひきならし給へる御こと・ぬきすて給へる（１９ウ）」御そのにほひなとにつけても・いまはと・よ
になからん人のやうにのみ・おもほしたれは・かつはいとゆゆしくて・少納言はそうつに御いのりのことなときこゆ
れは・ふたかたに御すほうなと・せさせ給・かつはかくおもほしなけく御心をも・しつめたまうて・たいらかに・もと
のことく・おもひなきよに・あらせたてまつりたまへなと・心くるしきままに・いのりきこえ給・たひの御とのゐ物
なと・てうしたてまつり給に・かとりの御なをしさしぬきなとし給て・さまかはりたる心ちするも・いみしきに・さ
らぬかかみにとの給し・御おもかけの・けに身にそひたる心ち（２０オ）」のみすれとかひなし・いていり給しかた・より
ゐたまひしまきはしらなとをみ給も・むねのみふたかりてつきせすかなし・とかうおもひめくらし・よにしほしみぬ
る人たにあり・ましてなれむつひたまひ・ちちははになりつつ・おほしたてならはし給へれは・にはかにひきわかれて
・こひしく思きこえ給へることはりなり・ひたすらよになくなりなんは・いふかひなくても・やうやうわすれくさ・
おひやすらん・きくほとはちかけれと・いつまてとかきりある御わかれにもあらぬを・おほすにつきせすのみ（２０ウ）」
なん・入道の宮にも・春宮の御ことにより・おほしなけくさま・いとさらなり・御すくせのほと・おもほすにも・い
P0250
かかあさくはおほされん。としころはたたもののきこえやあらんと・つつましさに・すこしのなさけあるけしきもま
しらは・それにつけて人の・とかめいつることもこそとのみ・ひとへにおほししのひつつ・あはれをもおほく御らん
しすくし・すくすくしうもてなしたまうしを・かはかりうきよのひとことなれと・かけても・そのかたといひいつる
ことのなくてやみぬるは・かの人の御心むけも・あなかちなりし心のひくかたにはまかせす・かつはめやすくも〕（２１
オ）」（２１ウ）」てかくしつるそかしと・あはれにもおもほししられ・人しれぬ御心はへの・まめことにもはかなきことに
も・ありかたきさまなとを・あはれに戀しくもいかかはおほしいてさらむ。御かへりすこしこまやかにて・このころ
はいとと
『しほたるることをやくにて松しまにとしふるあまもなけきをそつむ』。かむのきみの御返には
『うらにたくあまたにつつむこひなれはくゆるけふりよゆくかたそなき』。さらなる事ともは〈え〉なむとはかり・
たたいささかにて・中納言のきみの御返のなかにあり。おもほしなけくさまなといみしういひたるにもあはれと思い
てきこえ給ふこともあれは・うちなかれぬ。ひめきみの御ふみはこころ（２２オ）」ことにこまやかなりける御返なれは・
あはれなることおほくて・
『うら人のしほくむそてにくらへ見よ・なみちへたつるよるのころもを』。もののいろし給へるさまなといみしうき
よらなり。なにことにもらうらうしうものし給を・思さまにて・いまはことに心あはたたしくゆきかかつらふかたも
なく・しめやかにてあるへきものをとおもほすに・いみしうくちをしく・よるひるおもかけにそひてたへかたくこひ
しくのみおほえ給へは・猶しのひてやむかへてましとおもほす。又うちかへしなそやかくうきよにつみをたにうしな
はむとおもほせは・やかて御さうしにてあけくれをこなひをしておはす。おほいとののわかきみの御ことなとあるも
・いとあはれなれと・をのつ（２２ウ）」からあひ見るやうもありなむとたのもしき人人ものし給へは・うしろめたうは
P0251
あらすと・おほしなさるるは・中中このみちはまとはれ給はぬにやあらむ。まことやさはかしかりしほとにかきも
らしてけり。かの齊宮にも御ふみたてまつり給けり。かれよりもふりはへ御つかひたつねまいれり。あさからぬ事と
もかきたまへることのは・ふてつかひなとも・人よりはことになまめかしう・いうなる人と見え〈たり〉なをうつつ
ならぬ御たひゐをうけ給るにも・あけぬよの心まとひにやとのみなむ・さりともとし月はへ給はしと思やりきこえさ
するにも・つみふかきみのみこそ・きこえさせむこともはるかなへけれ
『うきめかるいせをのあまを思やれもしほたるてふ（２３オ）」すまのうらにて』・よろつに思給へみたるるよのありさま
を・なをいかになりはつへきにかなとおほかり
『いせしまやしほひのかたにあさりてもいふかひなきはわか身なりけり』。ものをあはれとおほしけるままに・うち
をきをきかいたまへるしろきからのかみ四五枚はかりをまきつけて・すみつきなと見ところあり。あはれと思きこえ
し人を・ひとふしうしと思しこころあやまりに・かのみやすところも思うんしてわかれ給にしとおほしいつれは・い
とおしくかたしけなきすちにも思いてきこえ給。おりからの御ふみもいとあはれなれは・御つかひさへむつましうて
・二三日すゑて・かしこの物かたりなとせさせてきこしめす。わかやかにけしきはめるさ（２３ウ）」ふらひの人なりけり。
けちかくあはれなる御すまゐなれは・か〈う〉やうの人もをのつからものとほりからてほの見たてまつる・御さまか
たちをいみしくめてたしとなみたおとしてをりけり。御かへりかき給ことのは思やるへし。かうよをはなるへきみと
思給へましかは・おなしくはしたひきこえ〈て〉まし物をとなむ・つれつれのこころほそきままに
『いせ人のなみのうへこくをふねにもうきめはからてのらまし物を』
『あまかつむなけきのなかにしほたれていつまてすまのうらになかめむ』。きこえさせむことのいつとも思給へられ
ぬこそ・つきせぬここちしはへれなとそありける。かうやうに・（２４オ）」いつこにもおほつかなからすきこえかはし給。
P0252
はなちるさとなともかなしとおもほしけるままに・あさからすかきあつめ給へる・御ふみともの心心を見給に・お
かしうもあはれにも・めなれぬここちして・いつれをもうち見給つつなくさめ・かつは物おもひのもよほしなり
『あれまさるのきのしのふをなかめつつしけくもつゆのかかるそてかな』と・あるをけにいかに・むくらよりほかの
うしろ見もなきさまにておはすらむと・おほしやりて・なかあめについひちもところところくつれてなときき給へは・
京のけいしともにおほせつかはしけれは・ちかきくにくにのみさうの物なともよほさせてすりなとつかうまつりけり。
かむのきみは人わらへにいみしう（２４ウ）」おほしいらるるを・おとといとかなしうし給きみにて・せちに宮にも申・内
にもそうし給けれは・なにかはかきりある女御みやすところにもあらす・おほやけさまのみやつかへはなと・おもほ
しおもふけたまへりしを・かの人のにくかりしゆへにこそ・いかめしきとかめもいてこしか・ゆるされたまふてまい
り給へきにつけても・なを心にしみにしかたのみそあはれにおほえ給ける。七月になりてまいりたまうける。いみし
かりし御思のなこりなれは・人のそしりをもしろしめしいれす・れいのつとうへにさふらはせ給て・よろつにうらみ
・かつはあはれにちきりかたらはせ給。御さまかたちもいとなまめかしくきよらなれと・思いつることのみおほかる
心のうちそいとかたしけなき。（２５オ）」おほむあそひなとのついてにもその人のなきこそいとさうさうしけれ・いかに
ましてさおもふ人おほからむ・なにことにもひかりなきここちもするかななとのたまはせて・院のおほしの給はせし
・御ゆいこむをもたかへきこえつるかな・つみう覽かしとてなみたくみ給へるにも・えねんし給はす。よの中こそあ
るにつけてもなきにつけても・つねならすあちきなき物なりけれと思しるままに・ひさしうよにあらむものとなむ
・さらにおもほえぬ・さもなりなむに・いかかおほえたまふへき・ちかきほとのわかれに思おとされむこそねたか
〈る〉へけれ。いけるよにとは・むへよからぬ人のいひをきけむと・いとなつかしきさまに・物をまことにおもほし
いりてのたまはするにことつけ（２５ウ）」て・ほろほろとこほるれは・さりやいつれにおつるならむとの給はす。いまま
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てみこたちたになきこそさうさうしけれ。春宮を院ののたまはせしさまに思へと・よからぬこととものいてくめれは
・心くるしうなと・世を御心のほかにまつりこちなし給人人のあるに・わか御心のつよきところなきほとにて・い
とおしとおほしたる事ともおほかり。すまにはいとと・心つくしのあきかせに・うみはすこしとほけれと・ゆきひら
の中納言のせきふきこゆるといひけむうらなみ・よるよるはけにいとちかうきこえて・又なくあはれなる物はかかる
ところのあきなりけり。おまへにいと人すくなにて・みなうちやすみわたれるに・ひとりめをさまし給て・まくらを
そはたてて・よものあらしをきき給に・（２６オ）」なみたたここもとにたちくるここちす。なみたおつともおほえぬに・
まくらうくはかりになりにけり。きむをすこしかきならし給へるに・われなからいとすこうきこゆれはひきさし給て
『こひわひてなくねにまかふうらなみはおもふかたより風風やふく覽』と・うたひ給へるに・人人おきてめてたう
おほゆるに・しのはれて・あいなうおきゐつつ・はなを・しのひやかにかみわたす。けにいかに思らむ。わかみひと
つにより・おやはらからをもわかれ・ほとにつけつつかたときたにたちさりかたく思覽いへちをはなれて・かくなけ
きあへることをおもほすに・いとおしう・わかかく思しつむさまをも・こころほそしと思らむとおほせは・ひるはな
にくれとたはふれ事うちのたまひまきらはし・（２６ウ）」つれつれなるままに・いろいろのかみをつきつつ・てならひし
給。めつらしきさまなるからのあやなとに・さまさまのゑともなとすさひかき給へる屏風のおもてなといとめてたく
見ところおほかり。いつそや山てらにて・人人のかたりきこえし・うみ山のありさまを・はるかにおもほしやりし
を・御めにちかくては・けにをよはぬいそのたたすまひなくかきあつめ給へり。このころの上手にすめるちえた・つ
ねのり・なとをめしてつくりゑをつかうまつらせはやと・こころもとなかりあへり。めてたくなつかしき御ありさま
に・よのもの思わすれつつ・ちかうなれつかうまつるをうれしき事にて四五人はかりそつとさふらひける。せんさい
のはないろいろさきわたり・おもしろきゆふくれに・（２７オ）」うみみやらるるらうにいて給てたたすみ給さまのゆゆし
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くきよらなる事・ところからはましてこのよのものと見え給はす。しろきあやのなよよかなる御そ・しをんいろなと
たてまつりて・こまやかなる・御なほしに・おひしとけなくうちみたれたる御さまにて・釋迦牟尼佛弟子となのりて
・ゆるるかによみたまへるめてたさ・又よにしらすきこゆ。おきよりふねともうたひののしりてこきゆくなともほの
かにきこえて・たたちゐさきとりのうかへると見や〈ら〉るるも・さまさま心ほそけなるに・かりのなきつつきてゆ
くこゑかちのをとにまかへり。うちなかめ給て・なみたのおつるをはらひ給へる御てつきのくろき御すすにはえたる
は・ふるさとのをむななとのこひしき・わか人とも（２７ウ）」の心ちみななくさみにけり
『はつかりは戀しき人のつらなれやたひのそらとふこゑのかなしき』と・のたまへはよしきよ
『かきつらねむかしのことそおもほゆるかりはそ〈の〉よのともならねとも』。みんふの大輔
『心からとこよをすててなくかりをくものよそとも思けるかな』。さきの左近のそう
『とこよいててたひのそらなるかりなれとつらにをくれぬほとそなくさむ』。ともまとはしてはいかにはへらましと
いふは・おやのひたちになりてくたりけるにもさそはれてまいれるなりけり。したには思くたくへかめれと・ほこり
かにもてないて・つれなく（２８オ）」さましありく。月のいとはなやかにさしいてたるに・こよひは十五夜なりけりとお
ほしいてて・殿上の御あそひも戀しく・ところところなかめ給らむかしと思やり給に・つきのかほのみまもられ給。
二千里のほかの故人の心とすし給へるに・れいのなみたもととまらす。入道の宮のきりやへたつるなとの給しほと・
いはむかたなく戀しく・おりおりのこととも思いて給によよとなかれて・よふけ侍ぬときこゆれと猶いり給はす
『見るほとそしはしなくさむめくりあはむつきのみやこははるかなれとも』。そのよ・うへのいとなつかしく・むか
しの御物かたりなとし給し御さまのこ院ににたてまつり給へりしも戀しく思いてきこえ給。思賜御衣いまここにあり
とすし（２８ウ）」つついり給ぬ。まことに御そは御みはなたすをいたまへり
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『うしとのみひとつに物はおもほえてひたりみきにもぬるるそてかな』。そのころそ・かの大貳はのほりける。い
かめしくるいひろくむすめかちにてところせかりけれは・きたのかたはふねにてのほる・うらつたひにせうえうしつ
つくるに・ほかよりもおもしろきわたりなれは・いとと心とまるに大將かくておはすときけは・あいなくすいたるむ
すめとも・ふねのうちさへはつかしく心けさうせらる。まして五節のきみは・つなてひきすくるもくちをしきに・き
むのこゑ・風につきてほのかにきこえたり。ところのさま人の御ほと・もののねのこころほそさ・とりあつめて・心
あるかきりはみななきにけり。そちはせう（２９オ）」そこきこえたり。はるかなるほとよりまかりのほらむには・いつし
かもまつまいりて・宮この御物かたりもとこそ思給へつれ・思のほかに・かくておはしましける・御やとりを・かく
まかりすくるかたしけなくかなしうも侍かな・あひしりて侍人とも・かれこれまうてきむかひてあまたるいしてなむ
侍れは・ところせきに思給へははかかることとも侍てえさふらはぬ・ことさらにまいり侍らむなときこえたり。この
ちくせのかみそまいれる。このきみの藏人になしかへりみたてたまうし人なれは・いとかなし・いみしと思へと・見
る人人あれは・きこえをおもひて・しはしもえたちとまらす。みやこはなれてのち・むかししたしかりし人にもあ
ひ見ることかたく・いふせうのみ思つるに・かくわさとたち（２９ウ）」〔よりものしたることと・のたまふに・御いらへ
もさやかに・えきこえすなん・かみなくなくかへりて・おはする御ありさまかたるに・そちよりはしめ・むかへの人
人も・まかまかしきまて・なきみちたり・五節はとかくして・きこえたり
『ことのねにひきとめらるるつなてなはたゆたふ心きみしるらめや』・すきすきしさも・人なとかめそときこえたり
・ほをゑみて見給も・いとはつかしけなり
『こころありて引てのつなのたゆたははうちすきましやすまのうらなみ』・いさりせんとは・おもはさりしはや。
と（３０オ）」あり・むまやのをさに・くしとらする人もありけるを・ましておちとまりぬへくなん・おもほえける・京に
P0256
は月日のふるままに・みかとよりはしめたてまつりて・こひきこえ給をりふしおほかり・春宮はましてつねにおほし
いてて・しのひてなき給を・御めのとたちまいて命婦のきみなとは・いみしうあはれにみたてまつる・入道の宮は・
春宮の御ことをゆゆしうのみおもほすに・大將もかくさすらへ給を・いみしうおもほせと・いかかはせん・たいらか
におはしすくして・こともよろしくならはなとおもほす・いと物はかなきほとに・おはしますそ・たの（３０ウ）」もしけ
なき心ちし給ける・御ははからのみこたち・むつましくきこえかたらひ給し・上達部なと・はしめつかたは・とふら
ひきこえ給なとありき・あはれなるふみをつくりかはし・それにつけてもよのなかにめてられ給へは・きさいの宮き
こしめして・いみしくの給けり・おほ（３１オ）」（３１ウ）」やけのかうしなる人は・心にまかせてこのよのあちはひをたに
しることなくこそあなれ。おもしろきいゑゐして・せうえうしつつゐたまへること・よの中をもときて・かのししを
むまといひけむやうに。もてひかめたる人のかくついそうするなりなと・あしきことともきこえけれは・わつらはし
くてたえてせうそこきこえ給人もなし。二条の院のひめ君はほとふるままになくさむかたなし。ひむかしのたいにさ
ふらひし人人も・みなわたりまいりしはしめは・なとかさしもあらてと・思しかとも・見たてまつりなるるままに
・なつかしくおかしき御ありさまにて・まめやかなるかたの心はへも思やりふかくあはれなれは・まかてちるもなし。
をしなへたらぬきはの人人には・（３２オ）」ほの見えなともし給。そこらの御中にすくれたる・御心さしもことはりな
りけりと見たてまつる。かの山さとには・ひさしくなるままに・えねんしすくし給ましくおほえ給へと・わかみたに
あさましう心うきすまひとおほゆるに・いかて〈か〉うちくしてはものし給はむと・つきなからむ事をおもひかへし
給。こころにつけては・よろつのことさまかはり・見給へしらぬしも人のうへをもさまをも見たまひならさぬ御心ち
に・めさましくかたしけなく・みつからもおほさる。けふりのいとちかく時時たちくるを・これやしほやくとおほ
しわたるはおはしますうしろの山にしはといふ物ふすふるなりけり。めつらかにて（３２ウ）」
P0257
『山かつのいほりにたけるしはしはもこととひこなむこふるさと人』。冬になりてゆきふりあれたるころ・そらのけ
しきもことにすこくなかめ給て・きんをひきすさひ給て・よしきよにうたうたはせたいふにふえふかせて・あそひ給。
心ととめてあはれなるてなとひき給へるに・こともののねはみなやめて・なみたをのこひあへり。王昭君か・このく
にへゆきけむおもほしやりて・ましていかなりけむ・このよに我思きこゆる人なとを・さやうにはなちやりた覽時な
と思にも・あらむことのやうにゆゆし。しもののちのゆめといといたくすし給。月いとあかくさしいりて・はかなき
たひのおましところは・おくまてくまなし。ゆかのうへによふかきそらも見ゆ。いりかたの（３３オ）」月かけすこく見ゆ
るに・たたこれにしにゆくなりと・ひとりこち給て
『いつかたのくもちにわれもまとひなむ月の見るらむこともはつかし』。れいのまとろまれぬあかつきのそらに・う
らちとりあはれになく
『ともちとりもろこゑになくあかつきはひとりねさめのとこもたのもし』。またおきたる人もなけれは・かへすかへす
ひとりこちてふしたまへり。よふかく御てうつまいりて・ねむすなとし給も・めつらしきことのやうに・よろつのこ
とめてたくのみ見え給へは・え見たてまつりすてて・ひとやりならす・京にあからさまにもえいてさりけり。あかし
のうらは・たたはひわたるほとなり（３３ウ）」けれは・よしきよは・かの入道のむすめをおもひいてて・ふみなとやりけ
れと・返事もせす・入道そきこゆへきことなむある・あからさまにたいめもかなといひけれと・うけひかさらむに・
とかくゆきかかりて・むなしくかへらむうしろもおこなるへしとくんしいたくて・思つつむ。よにしらす心たかく思
へるに・くにのうちはかみのゆかりのみこそは・かしこきものにはすめれと・ひかめる心は・さらにさも思はてとし
月をへけるに・このきみかくておはすとききて・ははきみにかたらふやう・きりつほのかういの御はらの源氏・ひか
るきみこそ・おほやけ〈に〉かしこまりにて・すまのうらにものし給なれ。あこの御すくせにて・おほえぬことのあ
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るなめり。いかてかかるついてに・（３４オ）」このきみにたてまつりてむといふ。ははきみあなかた〈わ〉や・みやこの
人のかたるをきけは・やむことなき御めをいとおほくもたまうてのあまりに・みかとの御めをさへ・しのひしのひにあ
やまち給て・かくもさはかれ給なる人は・まさにかかる山かつを・心ととめ給てむやといふに・はらたちていてえし
り給はし。おもふ心ことなり。さる心をし給へ・ついてして・ここにおはしまさせむと・わか心を・やりていふもか
たくなしく見ゆ。けにそありさまはまはゆきまてしつらひかしつきたる。ははきみなとかめてたくとも・もののはし
めに・つみにあたりなかされおはしたらむ人をしも・思かけむ。さても心ととめたまうつへくはこそあらめ・たはふ
れにてもよにあるましきことかなといふを・いといたくつふやく。（３４ウ）」つみにあたることは・もろこしにも・我み
かとにも・かくよにすくれ・なにことにも人にことになりぬる人の・かならすある事なり。いかにものし給きみそは
・かのははみやすむところは・をのかおちにものし給し・あせちの大納言のむすめなり。いというなるな・とりて・
みやつかへにいたしたてまいりしに・こくわうすくれて時めかしたまひ・ならひなかりしほとに・人のそねみおほく
て・うせ給にしかと・このきみのとまり給へるに・いとめてたしかし。をむなは心たかく・つかうへき物なり。をの
れかかるゐ中人なりとて・おほしすてしなといひゐたり。このむすめすくれてもあらぬかたちなれと・けなつかしく
あてはかに・心はせあるさまなとそ・けに宮このやむことなき（３５オ）」人にもおとるましかりける。みのありさまをく
ちをしき物に思しりて・たかき人はわれをなにのかすともおほさし。ほとにつけたるよをはさらに見し。いのちなか
くて思人人にもをくれなは・あまにもなりなむ。うみのそこにもいりなむとそ思ける。ちちきみところせく思かし
つきて・としにふたたひすみよしにまうてさせけり。神の御しるしを・とく見せはやとそ思ける。すまにはとしなと・
かへりて・ひなかくつれつれなるに・うへしわかきのさくら〈も〉ほのかにさきそめて・そらのけしきうららかなる
に・よろつのことおほしいててうちなき給おりおほかり。三月廿よ日になりて・いにしとし京をわかれしほと・心く
P0259
るしけなりし人人のおほむありさまなといと戀しく・（３５ウ）」［南殿のさくらはさかりになりぬらん・ひととせのは
なのえんに・院の御けしき・内のうへの・いときよらになまめきて・わかつくれるくを・すしなと・し給し・御あり
さまなと・おもひいてきこえたまふ
いつとなくおほみや人のこひしきにさくらかさししけふもきにけり・いとつれつれなるに・かのおほいとのの三
位中將は・いまは宰相になりて・人からのいとよけれは・ときよのおほえいとをもくて・ものし給へと・よのなかあ
はれに・あちきなく・もののおりことに。戀しくおほえ給へは・ことの（３６オ）」きこえありて・つみにあたるとも・い
かかはせんと思たちて・にはかにまうて給へり・うちみるよりめつらしく・うれしきに・ひとつなみたそこほれける
・すまひたまへるさまいはんかたなくからめいたり・ところのさまあたり・ゑにかきたらんやうなるに・たけあめる
かきしわたして・いしのはしまつのはしら・おろそかなる物から・めつらかにおかし・山かつめきて・ゆるしいろの
きはやかなるに・あをにひのうちき・さしぬきうちやつれて・ことさらに・ゐなかひ・もてなし給へるしも・いみし
う見るにゑまれきよらなり・とりつかひたまへるてうととも・たたかりそめにうちして・おはし（３６ウ）」ところなとも
・あさはかにみいれらる・こ・すくろく・たきのはんなとやうの物・ゐなかわさにしなしたる・いとおかし。ねんす
のくともも・いとめつらしきさまにしつつ・をこなひつとめ給けりとみゆ・ものまいれるさまなと・ことさらにとこ
ろにつけて・けうありて・しなしたり・あまともあさりして・かいつものもて］（３７オ）」（３７ウ）」まいれるをめしいてて
御覽す。うらにとしふらむさまなととはせ給へは・さまさまにやすけなきみのうれへを申いてつつ・そこはかとなく
さへつるも・こころのゆくへはおなしこと・なにかことならむとあはれに見給。御そともなとかつけさせ給を・いけ
るかひとおもへり。御むまともちかくたてて・みやりなるくらかなにそなるいねなといふ物とりいててかふもめつ
しく見給。あすか井すこしうたひて・月ころの御物かたりなきみわらひみきこえ給。わかきみのなにともおほしたら
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てものし給か・かなしさを・おととのあけくれにつけて・おもほしなけくことなともかたり給に・たへかたくおほし
たり。つきすへくもあらねは・中中にかたはしもえまねはす。よも（３８オ）」すからまとろまてふみなとつくりあかし
給。さいひなから・もののきこえをつつみて・いそきかへり給・いと中中なり。御かはらけまいりて・ゑいのかな
しひなみたそそくはるのさかつきのうちともろこゑにすんし給。御ともの人みななみたをなかす。をのかししもはる
かなるわかれ・おしむへかめり。あさほらけのそらにかりつれてわたる。あるしのきみ
『ふるさとをいつれのはるかゆきて見むうらやましきはかへるかりかね』。宰相さらにたちいてむここちせて
『あかなくにかりのとこよをたちわかれはなのみやこにみちやまとはむ』。さるへきみやこのつとなとよしあるさま
にてあり。あるしのきみ。かくかしこき御をくりにとてくろ（３８ウ）」こまたてまつり給。ゆゆしくおほさるとも・かせ
にあたりてはいはえぬへけれはなむときこえ給。よにありかたけなる御むまのさまなり。かたみにし給へとて・いみ
しきふえたてまつり給。人とのかめつへきことはかたみにえし給はす。日やうやうさしあかりて・心あはたたしけれ
は・かへり見のみしつついて給を見をくり給けしき・いとなかなかなり。いつまたたいめ給はらむとす覽・さりとも
かくてやはと申給ふにあるしの殿
『雲ちかくとひかふたつもそらに見よわれははるひのくもりなきみそ』。かつはたのまれなからかくなりぬる人はれ
かしのかしこき人たにもはかはかしくよにましらふことかたく侍りけれは・なにかみやこのさかひをも又見むとなむ
おもほえ（３９オ）」はへらむとのたまふに・宰相
『たつかなきくもゐにひとりねをそなくつはさならへしともをこひつふ』。とあることかかる事のおりにも・かたし
けなくなれきこえさせならひて・いとくやしく思給へらるる・おりおほくなむなと・しめやかにもあらてかへり給ぬ
るなこりいとかなしくてなかめくらし給。やよひのついたちにいてきたるみの日けふなむかくおほすことある人はみ
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そきし給へきと・なまさかしき人のきこゆれは・うみのつらもゆかしくていて給。いとおろそかにせんさうはかりひ
きめくらしておはす。このくにかよひしける・おんみやうしめして・はらへせさせ給。ことことしき人かたなとつく
りて・ふねにのせてなかすを見給もみによそへられて（３９ウ）」
『しらさりしおほうみのはらへなかれきてひとかたにやは物はかなしき』とて・ゐ給へる御さまさるはれにいてて・
いふよしなく見え給。うみのおもてうらうらとなきわたりて・ゆくゑもしらぬに・きしかたゆくさきおもほしつつけ
られて
『やほよろつかみもあはれと思らむをかせるつみのそれとなけれは』と・の給ほとににはかに風いみしくふきいてて
・そらかきくれぬ。御はらへをもしはてすたちさはきたり。ひちかさあめとかふりていとあはたたしけれは・みなか
へり給なむとするに・かさもとりあへす・さる心もなきに・よろつふきちらして・またなき風なり。なみいといかめ
しくたちきて・人人のあしもそらなり。うみのおもてふすまをひきはりたらむやうに・（４０オ）」ひかりみちて・かみ
なりひらめく・おちかかる心ちして・いといみし。からうしてたとりきて・またかかるめは見すもあるかな・かせな
とふけと・けしきつきてこそあれ・あさましくめつらかなりとまとふに・かみ猶やますなりみちて・あめのあしあた
るところはとほりぬへくはらめきおつ。かくてよははてぬるにやとまて・心ほそく思まとふに・きみはのとやかに・
經うちすしておはす。くれぬれはかみはすこしなりしつまりて・風そなをよるもふく。おほくたてつるくわんのちか
らなるへし。いましはしかくあらは・なみにひかれていりぬへかめり。たかしほといふ物なむとりもあへす・人そこ
なはるとはきけと・いとかかることはまた見きかすといひあへり。あかつきかたにみなうちやす〈み〉たり。きみも
いささかねいり給へれは・その（４０ウ）」さまとも見えぬ物きて・なとか宮よりめすにはまいり給はぬとて・たとりあり
くと見ゆるに・おとろきて・さらはうみのなかのりうわうのいたくものめてするものにて・見いれたるなりけりとお
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ほすに・いととものむつかしくこのすまひたへかたくおほしなりぬ（４１オ）」