36巻 柏 木
畳語、繰り返し文字はゝ、ゞ、または文字になっています。
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衛門の督の君、かくのみなやみわたり給こと猶をこたらで、年もかへりぬ。
おとど、北の方おぼし嘆くさまを見たてまつるに、しゐてかけ離れなん命かひ
なく、罪をもかるべきことを思心は心として、また、あながちにこの世に離
れがたく、おしみとどめまはしき身かは いはけなかりしほどより、思ふ心こ
とにて、何事をも人にいま一際まさらむと、公私の事に触れて、なのめなら
ず思ひ上りしかど、その心かなひがたかりけりと、一つ二つのふしごとに身を
思をとしてしてしこなた、なべての世中すさまじう思ひなりて、後の世のをこな
ひにほひ深くすすみにしを、親たちの御うらみを思ひて、野山にもあくがれむ
道のをもき絆なるべくおぼえしかぱ、とさまかうざまにまぎらはしつつ過ぐし
つるを、つゐになを世に立ちまふべくもおぼえぬもの思ひの一方ならず身に添
ひにたるは、われよりほかにたれかはつらき、心づからもて損ひつるにこそあ
めれと思ふに、うらむべき人もなし、仏神をもかこたん方なきは、これみなさ
るべきにこそあらめ、たれも千年の松ならぬ世は、つゐにとまるべきにもあら
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ぬを、かく人にもすこしうちしのばれぬべきほどにて、なげのあはれをもかけ
給人のあらむをこそは一つ思ひに燃えぬるしるしにはせめ、せめてながらへ
ば、をのづからあるまじき名をも立ち、われも人もやすからぬ乱れ出で来るや
うもあらむよりは、なめしと心をい給らんあたりにも、さりともおぼしゆるい
てんかし、よろづのこと、いまはのとぢめにはみな消えぬべきわざなり、また
異ざまのあやまちしなければ、年ごろもののおりふしごとには、まつはしなら
ひ給にし方のあはれも出で来なん、などつれづれに思ひつづくるも、うち返し
いとあぢきなし、
などかくほどもなくしなしつる身ならむ、とかきくらし思ひみだれて、枕も
浮きぬばかり人やりならず流し添へつつ、いさいさか隙ありとて人々立ち去り給
へるほどに、かしこに御文奉れ給。
いまは限りになりにて侍るありさまはをのづから聞こしめすやうもはべら
んを、いかがなりぬるとだに御耳とどめさせ給はぬも、ことはりなれど、
いとうくも侍るかな。
など聞こゆるに、いみじうわななけば、思ふこともみな書きさして、
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いまはとて燃えむ煙もむすぼほれ絶えぬ思ひのなをや残らむ
あはれとだにのたまはせよ。心のどめて、人やりならぬ闇に迷はむ道の光
にもし侍らん。
と聞こえ給。
侍従にも、懲りずまに、あはれなることども言ひおこせ給へり。「みづから
も、いま一たび一言ふべきことなん」との給へれば、この人も、童よりさるたよ
りにまいり通ひつつ、見奉り馴れたる人なれば、おほけなき心こそうたておぼ
え給つれ、いまはと聞くはいとかなしうて、泣く泣く、「猶この御返。まこと
にこれをとぢめにもこそ侍れ」と聞こゆれば、「我も、けふかあすかの心地し
てもの心ぼそければ、大方のあはればかりは思ひ知らるれど、いと心うきこと
と思ひ懲りにしかば、いみじうなんつつましき」とて、さらに書い給はず。御
心本上の、強くづしやかなるにはあらねど、はづかしげなる人の御けしきの
おりおりにまほならぬが、いとおそろしうわびしきなるべし。されど、御硯な
どまかなひて責めきこゆれば、しぶしぶに書い給を、取りて忍びてよひの紛れ
にかしこにまいりぬ。
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おとど、かしこきをこなひ人、葛城山より請じ出でたる、待ちうけたまひて、
加持まいらせんとしたまふ。御すほう、読経などもいとおどろおどろしうさはぎ
たり。人の申ままに、さまざま聖だつ験者など、おさおさ世にも聞こえず深き
山に籠りたるなどをも、おとうとの君たちを遣はしつつ尋ね召すに、けにくく
心づきなき山臥どもなどもいと多くまいる。わづらひ給さまの、そこはかとな
くものを心ぼそく思ひて、音をのみ時々泣き給。陰陽師なども、多くは女の
霊とのみ占ひ申ければ、さる事もやとおぼせど、さらにもののけのあらはれ
出で来るもなきにおもほしわずらひて、かかる隅々をも尋ね給なりけり。
この聖も、丈高やかにまぶしつべたましくて、荒らかにおどろおどろしく陀羅
尼読むを、「いで、あなにくや。罪の深き身にやあらむ。陀羅尼の声高きはい
とけおそろしくて、いよいよ死ぬべくこそおぼゆれ」とて、やをらすべり出で
てこの侍従と語らひ給。
おとどはさも知り給はず、うちやすみたると人々して申させたまへば、さお
ぼして、忍びやかにこの聖ともの語りし給。をとなび給へれど、なをはなやぎ
たるところつきて、もの笑ひし給おとどの、かかる者どもと向かひゐて、この
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わづらひそめ給しありさま、何ともなくうちたゆみつつ重りたまへること、
「まことにこの物のけあらはるべう念じたまへ」など、こまやかに語らひ給も
いとあはれなり。
「あれ聞き給へ、何の罪ともおぼし寄らぬに、占ひよりけん女の霊こそ。ま
ことにさる御執の身に添ひたるならば、いとはしき身も引きかへ、やむごとな
くこそなりぬべけれ。さてもおほけなき心ありて、さるまじきあやまちを引き
出でて、人の御名をも立て、身をもかへりみぬたぐひ、むかしの世にもなくや
はありける、と思ひなをすに、なをけはひわづらはしう、かの御心にかかる答
を知られ奉て、世にながらへんこともいとまばゆくおぼゆるは、げにことな
る御光なるべし。深きあやまちもなきに、見あはせ奉りし夕べのほどより、や
がてかき乱りまどひそめにしたましゐの、身にも返らずなりにしを、かの院の
うちにあくがれありかば、結びとどめ給へよ」など、いとよはげに、殼のやう
なるさまして、泣きみ笑ひみ語らひ給。
宮も物をのみはづかしうつつましとおぼしたるさまを語る。さてうちしめり、
面痩せ給へらん御さまの、面影に見たてまつる心地して思ひやられたまへば、
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げにあくがるらむ魂や行き通ふらん、などいとどしき心地にも乱るれば、「い
まさらに、この御ことよ、かけても聞こえじ。この世はかうはかなくて過ぎ ぬ
るを、長き世の絆にもこそと思ふなむいといとおしき。心ぐるしき御ことを、
たいらかにとだにいかで聞きほい奉らむ。見し夢を心ひとっに思ひ合はせて、
又語る人もなきが、いみじういぶせくもあるかな」など、とり集め思ひしみた
まへるさまの深きを、かつはいとうたておそろしう思へど、あはれはた、へ忍
ばず、この人もいみじう泣く。
紙燭召して御返見給へば、御手もなをいとはかなげに、おかしきほどに書
い給て、
心ぐるしう聞きながら、いかでかは。ただ推しはかり。「残らん」とある
は、
立ち添ひて消えやしなましうきことを思ひみだるる煙くらべに
をくるべうやは。
とばかりあるを、あはれにかたじけなしと思ふ。
「いでや、この煙ばかりこそはこの世の思ひ出ならめ。はかなくもありける
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かな」といとど泣きまさり給て、御返、臥しながら、うち休みつつ書ひ
給。言の葉のつづきもなう、あやしき鳥の跡のやうにて、
行くゑなき空の煙となりぬとも思ふあたりを立ちは離れじ
夕べはわきてながめさせ給え。とがめきこえさせ給はん人目をもいまは心
やすくおぼしなりて、かひなきあはれをだにも絶えずかけさせ給へ。
など書き乱りて、心ちの苦しさまさりければ、「よし。いたうふけぬさきに、
帰りまいり給て、かく限りのさまになん、とも聞こえ給へ。いまさらに人あや
しと思ひ合はせむを、わが世ののちさへ思こそくちおしけれ。いかなるむかし
の契りにて、いとかかることしも心にしみけむ」と、泣く泣くゐざり入り給ぬ
れば、例は無期に迎へ据ゑて、すずろに言をさへ言はせまほしうし給を、言少な
にても、と思があはれなるに、えも出でやらず。
御ありさまを乳母も語りて、いみじう泣きまどう。おとどなどのおぼしたる
けしきぞいみじきや。「きのふけふすこしよろしかりつるを、などかいとよは
げには見え給」とさはぎ給。「何か。なをとまり侍まじきなめり」と聞こえ給
て、みづからも泣い給。
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宮はこの暮つ方よりなやましうし給けるを、その御けしきと見たてまつり知
りたる人々さはぎ満ちて、おとどにも聞こえたりければ、おどろきて渡り給
へり。御心のうちは、あなくちおしや、又思ひまずる方なくて見奉らましかば、
験者など召し、御修法はいつとなく不断にせらるれば、僧どもの中に験あるか
ぎりみなまいりて、加持まいりさはぐ。
夜一夜なやみ明かさせ給て、日さし上がるほどに生まれ給ぬ。おとこ君と聞
き給に、かく忍びたることの、あやにくにいちしるき顔つきにてさし出で給
へらんこそ苦しかるべけれ。女こそ何となく紛れ、あまたの人の見るものなら
ねばやすけれ、とおぼすに、又、かく心ぐるしき疑ひまじりたるにては、心や
すき方にものし給もいとよしかし、さてもあやしや、わが世とともにおそろし
と思ひしことの報いなめり、この世にてかく思ひかけぬことに向かはりぬれば、
後の世の罪もすこしかろみなんや、とおぼす。人はた、知らぬことなれば、か
く心ことなる御腹にて末に出でおはしたる御おぼえいみじかりなん、と思ひい
となみ仕うまつる。
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御産屋の儀式、いかめしうおどろおどろし。御方がたさまざまにし出で給
御産やしない、世の常のおしき、衝重、高坏などの心ばへも、ことさらに心
心にいどましさ見えつつなむ。五日の夜、中宮の御方より、子持ちの御前の
物、女房の中にも品々に思あてたる際ぎは、公事にいかめしうせさせ給へり。
御粥て、屯食五十具、所々の饗、院の下部、庁の召次所、何かの隈までいか
めしくせさせ給へり。宮司、大夫よりはじめて、院殿上人みなまひれり。
七日夜は、内より、それも公ざまなり。致仕のおとどなど心ことに仕うまつ
り給べきに、このごろは何ごともおぼされで、おほぞうの御とぶらひのみぞあ
りける。宮たち、上達部などあまたまいり給。大方のけしきも世になきまでか
しづききこえたまへど、おとどの、御心のうちに心ぐるしとおぼすことありて、
いたうももてはやしきこえ給ばず、御遊びなどはなかりけり。
宮は、さばかりひわづなる御さまにて、いとむくつけう、ならはぬことのお
そろしうおぼされけるに、御湯なども聞こしめさず、身の心うきことをかかる
につけてもおぼし入れば、さはれ、このついでにも死なばや、とおぼす。お
とどはいとよう人目を飾りおぼせど、まだむつかしげにおはするなどを、とり
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わきても見たてまつり給はず、などあれば、老いしらへる人などは、「いでや、
をろそかにもおはしますかな。めづらしうさし出で給へる御ありさまの、かば
かりゆゆしきまでにおはしますを」と、うつくしみ聞こゆれば、片耳に聞き
給て、さのみこそはおぼし隔つることもまさらめ、とうらめしう、わが身つ
らくて、尼にもなりなばやの御心つきぬ。
夜なども、こなたには大殿籠らず、昼つ方などぞさしのぞき給。「世の中の
はかなきを見るままに行く末みじかうもの心ぼそくてをこなひがちになり
にて侍れば、かかるほどのらうがはしき心ちするにより、えまいり来ぬを、い
かが。御心ちはさはやかにおぼしなりにたりや。心ぐるしうこそ」とて、御木
丁のそばよりさしのぞき給へり。御ぐしもたげ給て、「猶え生きたるまじき
心ちなむし侍を、かかる人は罪もをもかなり、尼になりて、もしそれにや生
きとまると心み、又亡くなるとも罪を失ふこともやとなん思ひ侍る」と、常の
御けはひよりはいとをとなびて聞こえ給を、「いとうたて、ゆゆしき御ことな
り。などてかさまではおぼす。かかることはさのみこそおそろしかむなれど、
さてながらへぬわざならばこそあらめ」と聞こえ給。
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御心のうちには、まことにさもおぼし寄りての給はば、さやうにて見たてま
つらむはあはれなりなんかし、かつ見つつも、事に触れて心をかれ給はんが心
ぐるしう、われながらもえ思ひなをすまじう、うき事のうちまじりぬべきを、
をのづからをろかに人の見とがむることもあらんがいといとおしう、院などの
聞こしめさんことも、わがをこたりにのみこそはならめ、御なやみにことつけ
てさもやなしたてまつりてまし、などおぼし寄れど、又、いとあたらしうあは
れに、かばかりとをき御髪の生い先をしかやつさんことも心ぐるしければ、
「なを強くおぼしなれ。けしうはおはせじ、限りと見ゆる人もたいらかなるた
めし近ければ、さすがに頼みある世になん」など聞こえ給て、御湯まいり給に、
いといたうあおみ痩せて、あさましうはかなげにてうち臥し給へる御さまの、
おほどきうつくしげなれば、いみじきあやまちありとも、心よはくゆるしつべ
き御ありさまかな、と見たてまつり給。
山のみかどは、めづらしき御こと、たいらかなりと聞こしめして、あはれに
ゆかしう思ほすに、かくなやみ給よしのみあれば、いかにものし給べきにか、
と御をこなひも乱れておぼしけり。
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さばかりよはり給へる人の、物を聞こしめさで日ごろ経給へば、いと頼もし
げなくなり給て、「年ごろ見奉らざりしほどよりも、院のいと恋しくおぼえ給
を、又も見奉らずなりぬるにや」と、いたう泣い給。かく聞こえ給さま、さる
べき人して伝へ奏せさせ給ければ、いと耐へがたうかなし、とおぼして、ある
まじきこととはおぼしながら、夜に隠れて出でさせ給へり。
かねてさる御消息もなくて、にはかにかく渡りおはしまいたれば、あるじの
院、おどろきかしこまりきこえ給。
「世の中をかへり見すまじう思ひ侍しかど、なをまどひさめがたきものは子
の道の闇になん侍ければ、をこなひもけだひして、もしをくれ先立つ道の、道
理のままならで別れなば、やがてこのうらみもやかたみに残らむとあぢきなさ
に、この世の譏りをば知らで、かくものし侍」と聞こえ給。御かたち異にても、
なまめかしうなつかしきさまにうち忍びやつれ給て、うるはしき御ほうぶくな
らず、墨染の御姿あらまほしうきよらなるも、うらやましく見たてまつり給。
例のまづ涙落とし給。「わづらひ給御さま、ことなるなやみにも侍らず、
ただ月ごろよはり給へる御ありさまに、はかばかしう物などもまいらぬつもり
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にや、かくものし給ふにこそ」など聞こえたまふ。
「かたはらいたき御座なれども」とて、御丁の前に御?(しとね)まいりて入れ奉り
給。宮をも、とかう人々つくろひきこえて、床の下におろし奉る。御き丁す
こしをしやらせ給て、「よひの加持の僧などの心ちすれど、まだ験つくばかり
のをこなひにもあらねば、かたはらいたけれど、ただおぼつかなくおぼえ給ら
んさまを、さながら見給べきなり」とて、御目をしのごはせ給。宮もいとよ
はげに泣い給て、「生くべうもおぼえ侍らぬを、かくおはしまいたるついでに
尼になさせ給てよ」と聞こえ給。「さる御本意あらば、いとたうときことなる
を、さすがに限らぬ命のほどにて、行く末とをき人は、かへりて事の乱れあ
り、世の人に譏らるるやうありぬべき」なんどのたまはせて、おとどの君に、
かくなんすすみのたまうを、いまは限りのさまならば、片時のほどにてもそ
の助けあるべきさまにてとなん思給ふる」との給へば、「日ごろもかくなんの
給へど、邪気なんどの、人の心たぶろかして、かかる方にてすすむるやうもは
べなるを、とて聞きも入れはべらぬなり」と聞こえ給。「もののけの教えにて
も、それに負けぬとて、あしかるべきことならばこそ憚らめ、よはりにたる人
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の限りとてものし給はんことを聞き過ぐさむは、後の悔い心ぐるしうや」との
給。
御心のうち、限りなううしろやすく譲りをきし御事を、うけ取りたまひて、
さしも心ざし深からず、わが思ふやうにはあらぬ御けしきを、事に触れつつ年
ごろ聞こしめし、おぼしつめける事、色に出でてうらみ聞こえ給べきにもあら
ねば、世の人の思ひ言ふらん所もくちおしうおぼしわたるに、かかるおりにも
て離れなんも、何かは人はらはへに世をうらみたるけしきならで、さもあらざ
らん、大方の後見には、なを頼まれぬべき御おきてなるを、ただ預けをき奉り
ししるしには思ひなし、にくげに背くさまにはあらずとも、御処分に広くおも
しろき宮給はり給へるを、つくろひて住ませたてまつらん、わがおはします世
に、さる方にてもうしろめたからず聞きおき、またかのおとども、さ言ふとも
いとをろかにはよも思ひ放ち給はじ、その心ばへをも見はてん、と思ほしとり
て、「さらば、かくものしたるついでに、忌む事受けたまはんをだに結縁にせ
んかし」とのたまはす。
おとどの君、うしとおぼす方も忘れて、こはいかなるべき事ぞと、かなしく
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くちおしければ、え耐へ給はず、うちに入りて、「などか、いくばくも侍まじ
き身をふり捨てて、かうはおぼしなりにける。なをしばし心を静め給て、御湯
まいり、物などをもきこしめせ。たうときことなりとも、御身よはうてはをこ
なひもし給てんや。かつはつくろひ給てこそ」と聞こえ給へど、頭ふりて、い
とつらうの給ふとおぼしたり。っれなくて、うらめしとおぼす事もありけるに
や、と見たてまつり給に、いとをしうあはれなり。
とかく聞こえ返さひおぼしやすらふほどに、夜明け方になりぬ。帰り人らん
に、道も昼ははしたなかるべしといそがせ給て、御祈りにさぶらふ中に、やん
ごとなうたうときかぎり召し入れて、御髪おろさせ給。いと盛りにきよらなる
御髪を削ぎ捨てて、忌む事受け給さほう、かなしうくちおしければ、おとどは
え忍びあへ給はず、いみじう泣い給。院はた、もとよりとりわきてやむごとな
く、人よりもすぐれて見奉らん、とおぼししを、この世にはかひなきやうにな
い奉るも、飽かずかなしければ、うちしほたれ給。「かくても、たいらかにて、
おなじうは念誦をも勤め給へ」と聞こえおき給て、明けはてぬるに、急ぎて出
でさせ給ぬ。
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宮はなをよはう消え入るやうにしたまひて、はかばかしうもえ見奉らず、も
のなども聞こえ給はず。おとども、「夢のやうに思たまへ乱るる心まどひに、
かうむかしおぼえたる御幸のかしこまりをもえ御覧ぜられぬらうがはしさは、
ことさらにまいりはんべりてなん」と聞こえたまふ。御をくりに人々まいらせ
給。「世中のけふかあすかにおぼえ侍しほどに、又知る人もなくてただよはん
ことの、あはれに避りがたうおぼえはべしかば、御本意にはあらざりけめど、
かく聞こえつけて、年ごろは心やすく思ひ給へつるを、もしも生きとまり侍ら
ば、さま異に変はりて人しげき住まひはつきなかるべきを、さるべき山里など
にかけ離れたらむありさまも、又、さすがに心ぼそかるべくや。さまに従ひて、
なをおぼし放つまじく」など聞こえ給へば、「さらに、かくまで仰せらるるな
ん、かへりてはづかしう思たまへらるる。乱れ心ちとかく乱れ侍て、何事もえ
わきまへ侍らず」とて、げにいと耐へがたげにおぼしたり。
後夜の御加持に、御もののけ出で来て、「かうぞあるよ。いとかしこう取り
返しつと一人をばおぼしたりしが、いとねたかりしかば、このわたりにさりげ
なくてなん日ごろさぶらひつる。いまは帰りなん」とて、うち笑ふ。いとあさ
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ましう、さはこのもののけのここにも離れざりけるにやあらん、とおぼすに、
いとおしうくやしうおぼさる。宮、すこし生き出で給やうなれど、なを頼みが
たげにのみ見え給。さぶらふ人々も、いと言ふかひなうおぼゆれど、かうても
たいらかにだにおはしまさば、と念じつつ、みすほう又延べてたゆみなくをこ
なはせなど、よろづにせさせ給。
かの衛門の督は、かかる御ことを聞きたまふに、いとど消え入るやうにし
給。むげに頼む方少なうなり給にたり。女宮のあはれにおぼえ給へば、ここ
に渡り給はん事はいまさらにかるがるしきやうにあらんを、上もおとども、
かくつと添ひおはすれば、をのづからとりはづして見たてまつり給やうもあら
むにあぢきなし、とおぼして、「かの宮に、とかくしていま一たびまうでん」
との給を、さらにゆるしきこへたまはず。
たれにもこの宮の御事を聞こえつけ給。はじめより、母御息所はおさおさ心
ゆき給はざりしを、このおとどの居立ちねんごろに聞こえ給て、心ざし深かり
しに負け給て、院にもいかがはせんとおぼしゆるしけるを、二品の宮の御事思
ほし乱れけるついでに、「中々この宮は、行く先うしろやすく、まめやかな
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る後見まうけ給へり」との給はすと聞き給しを、かたじけなう思ひ出づ。「か
くて見捨て奉りぬるなめり、と思ふにつけては、さまざまにいとおしけれど、
心よりほかなる命なれば、耐へぬ契りうらめしうて、おぼし嘆かれんが心ぐる
しきこと。御心ざしありてとぶらひものせさせ給へ」と母上にも聞こえ給ふ。
「いで、あなゆゆし。をくれ奉ては、いくばく世に経べき身とて、かうまで
行く先のことをぱのたまふ」とて、泣きにのみ泣き給へば、え聞こえやり給は
ず。右大弁の君にぞ大方の事どもはくはしう聞こえ給。心ばへののどかによく
おはしつる君なれば、おとうとの君たちも、又、末々の若きは、親とのみ頼
みきこえ給へるに、かう心ぼそうの給ふを、かなしと思はぬ人なく、殿のうち
の人も嘆く。
おほやけもおしみくちおしがらせ給。かく限りと聞こしめして、にはかに権
大納言になさせ給へり。よろこびに思ひおこしていま一たびもまいり給やうも
やある、とおぼしの給はせけれど、さらにえためらひやり給はで、苦しきなか
にもかしこまり申給、おとども、かくをもき御おぼえを見給ふにつけても、
いよいよかなしうあたらしとおぼしまどふ。
P22
大将の君、常にいと深う思ひ嘆きとぶらひきこえ給。御よろこびにも、まづ、
まうでたまへり。このおはする対のほとり、こなたの御門は、馬 車立ち込み
人さはがしうさはぎ満ちたり。ことしとなりては、起き上がる事もおさおさし
給はねば、をもをもしき御さまに、乱れながらはえ対面し給はで、思ひつつよ
はりぬること、と思ふにくちおしければ、「なをこなたに入らせたまへ。いと
らうがはしきさまに侍罪は、をのづからおぼしゆるされなん」とて、臥し給
へる枕上の方に、僧などしばし出だし給て、入れ奉り給。
早うより、いささか隔て給ことなうむつびかはし給御中なれば、別れんこ
とのかなしう恋しかるべき嘆き、親はらからの御思ひにもをとらず。けふはよ
ろこびとて心ちよげならましを、と思に、いとくちおしうかひなし。「などか
く頼もしげなくはなり給にける。けふはかかる御よろこびに、いささかすくよ
かにもやとこそ思ひ侍つれ」とて、木丁のつまを引き上げ給へれば、「いとく
ちおしう、その人にもあらずなりにて侍や」とて、烏帽子ばかり押し入れて、
すこし起き上がらむとし給へど、いと苦しげなり。白き衣どもの、なつかしう
なよよかなるをあまた重ねて、衾引きかけて臥し給へり。御座のあたりものき
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よげに、けはひかうばしう、心にくくぞ住みなし給へる、うちとけながら用意
はありと見ゆ。をもくわづらいたる人は、をのずから髪髭も乱れ、ものむつか
しきけはひも添ふわざなるを、痩せさらぼいたるしも、いよいよ白うあてなる
さまして、枕をそばだててものなど聞こえ給けはひ、いとよはげに息も絶え
つつあはれげなり。
「久しうわづらひ給へるほどよりは、ことにいたうも損はれ給はざりけり。
つねの御かたちよりも、中々まさりてなん見え給」との給ものから、涙おし
のごひて、「をくれ先立つ隔てなくとこそ契りきこえしか。いみじうもあるか
な。この御心ちのさまを、何事にてをもり給とだにえ聞きわき侍らず。かく親
しきほどながら、おぼつかなくてのみ」などの給に、「心にはをもくなるけぢめ
もおぼえ侍らず、そこ所と苦しきこともなければ、たちまちにかうも思ひ給へ
ざりしほどに、月日も経でよはり侍りにければいまはうつし心も失せたるやう
になん。おしげなき身をさまざまに引きとどめらるる祈り、願などの力にや、
さすがにかかづらふも、中々苦しう侍れば、心もてなん急ぎ立つ心ちし侍。
さるは この世の別れ、避りがたきことはいと多うなん。親にも仕ふまつりさ
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して、いまさらに御心どもをなやまし、君に仕ふまつることも中ばのほどにて、
身をかへりみる方はた、ましてはかばかしからぬうらみをとどめつる、大方の
嘆きをばさるものにて、また心のうちに思ひたまへ乱るる事の侍るを、かかる
いまはのきざみにて、何かは漏らすべきと思ひ侍れど、なを忍びがたきことを
たれにかは愁へ侍らん。これかれあまたものすれど、さまざまなることにて、
さらにかすめ侍らむもあいなしかし。六条院にいささかなる事のたがひ目あ
りて、月ごろ心のうちにかしこまり申事なん侍しを、いと本意なう、世の中、
心ぼそう思なりて、病づきぬとおぼえ侍しに、召しありて、院の御賀の楽所の
試みの日まいりて、御けしきをたまはりしに、なをゆるされぬ御心ばへあるさ
まに御目尻を見奉り侍て、いとど世にながらへんことも憚り多うおぼえなり
侍て、あぢきなう思ひ給へしに、心のさはぎそめて、かく静まらずなりぬる
になん。人数にはおぼし人れざりけめど、いはけなう侍しときより、深う頼み
申心の侍しを、いかなる讒言などの有けるにかと、これなんこの世の愁へに
て残り侍べければ、論なう、かの後の世のさまたげにもやと思ひ給ふ〔る〕を、
ことのついで侍らば、御耳とどめて、よろしう明らめ申させたまへ。亡からん
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後ろにも、此勘事ゆるされたらんなむ御徳に侍べき」などの給ままに、いと
苦しげにのみ見えまされば、いみじうて、心のうちに思ひ合はする事どもあれ
ども、さしてたしかにはえしも推しはからず。
「いかなる御心の鬼にかは。さらにさやうなる御けしきもなく、かくをもり
給へるよしをも、聞きをどろき嘆き給こと、限りなうこそくちおしがり申給
めりしか。などかくおぼす事あるにてはいままで残ひ給ひつらん。こなたかな
た明らめ申すべかりけるものを。いまは言ふかひなしや」とて、とり返さまほ
しうかなしくおぼさる。「げにいささかも隙ありつるおり、聞こえうけ給はる
べうこそは侍りけれ。されど、いとかうけふあすとしもやはと、みづからなが
ら知らぬ命のほどを思ひのどめ侍けるも、はかなくなん。このことはさらに御
心より漏らし給まじ。さるべきついで侍らむおりには御ようゐ加へ給へとて聞
こえをくになん。一条にものし給宮、事に触れてとぶらひきこえ給へ。心ぐ
るしきさまにて院などにも聞こしめされたまはんを、つくろひ給へ」などの
給。言はまほしきことは多かるべけれど、心ちせん方なくなりにければ、「出
でさせ給ひね」と手掻ききこえ給。加持まいる僧ども近うまいり、上、おとど
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などもおはし集まりて、人々も立ちさはげば、泣く泣く出で給ぬ。
女御をばさらにもきこえず、この大将の御方などもいみじう嘆き給。心をき
てのあまねく、人のこのかみ心にものし給ければ、右の御方の北の方も、この
君をのぞむつましきものに思ひきこえたまひければ、よろづに思ひ嘆き給て、
御祈りなどとりわきてせさせ給けれど、やむ薬ならねば、かひなきわざになん
ありける。女宮にもつゐにえ対面しきこえ給はで、あはの消え入やうにて亡せ
給ぬ。
年ごろ、下の心こそねんごろに深くもなりしか、大方にいとあらまほしく
もてなしかしづききこえて、けなつかしう。心ばへをかしう、うちとけぬさま
にて過ぐひ給ければ、つらきふしもことになし。ただかくみじかかりける御
身にて、あやしくなべての世すさまじく思ひ給けるなりけり、と思ひ出で給に、
いみじうておぼし入りたるさま、いと心ぐるし。宮す所も、いみじう人はらへ
にくちおし、と見奉り嘆き給ふこと限りなし。おとど、北の方などはまして言は
む方なく、「我こそ先立ため、世のことはりなくつらいこと」と焦がれ給へど、
何のかひなし。
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尼宮は、おほけなき心もうたてのみおぼされて、世にながかれとしもおぼさ
ざりしを、かくなど聞き給は、さすがにいとあはれなりかし。若君の御ことを、
さぞと思ひたりしも、げにかかるべき契りにてや思ひのほかに心うきおともあ
りけむ、とおぼし寄るに、さまざまもの心ぼそうてうち泣かれ給ぬ。
やよいになれば、空のけしきもものうららかにて、この君五十日のほどにな
り給て、いと白ううつくしう、ほどよりはをよすげてもの語りなどし給。お
とどは渡り給て、「御心ち、さはやかになり給にたりや。いでや、いとかひな
くも侍かな。例の御ありさまにてかく見なしたてまつらばましかば、いかにうれ
しう侍らまし。心うくおぼし捨てけること」と涙ぐみてうらみ聞こえ給。日々
に渡り給て、いましもやむごとなく限りなきさまにてもてなしきこえ給。
御五十日に、もちゐまいらせ給はんとて、かたち異なる御ありさまを、人々、
いかになど聞こえやすらへれば、院渡らせ給て、「何か。女にものし給はばこそ
おなじ筋にていまいましくもあらめ。」とて、南面にちいさき御座などよそひ
てまいらせ給。御乳母、いとはなやかに装束きて、御前の物,色々を尽くし
たる籠物、檜はりごの心ばへどもを、うちにも外にも、本の心を知らぬこと
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なれば、とり散らし、何心なきを、いと心ぐるしうまばゆきわざなりやとおぼ
す。
宮も起きゐ給て、御髪の末のところせう広ごりたるを、いと苦しとおぼして、
額など撫でつけておはするに、き丁を引きやりてゐさせ給へば、いとはづかし
うて背かせ給へる、いとどちいさう細り給て、御髪はおしみきこえて長う削ぎ
たりければ、うしろはことにけぢめも見え給はぬほどなり。すぎすぎ見ゆる鈍
色ども、黄がちなる今様色など着給て、まだありつかぬ御かたはら目、かく
てしもうつくしき子どもの心ちして、なまめかしうおかしげなり。
「いで、あな心う。墨染こそなをいとうたて目もくるる色なりけれ。かやう
にても見たてまつることは絶ゆまじきぞかし、と思ひなぐさめ侍れど、ふりが
たふわりなき心ちする涙の人わろさを、いとかう思ひ捨てられ奉る身の咎に思
ひなすも、さまざまに胸いたうくちおしうなん。とり返すものにもがなや」と
うち嘆き給て、「いまはとておぼし離れば、まことに御心といとひ捨て給ける
と、はづかしう心うくなんおぼゆべき。なをあはれとおぼせ」と聞こえ給へば、
「かかるさまの人はもののあはれも知らぬものと聞きしを、ましてもとより
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かからぬことにて、いかがは聞こゆべからむ」とのたまへば、「かひなのこと
や。おぼし知る方もあらむものを」とぱかりの給さして、若君を見奉り給。
御乳母たちは、やむごとなくめやすきかぎりあまたさぶらふ、召し出でて、
仕うまつるべき心をきてなどの給。「あはれ、残り少なき世に生ひ出づべき人
にこそ」とて抱き取り給へば、いと心やすくうち笑みて、つぶつぶと肥えて白
ううつくし。大将などの児をひ、ほのかにおぼし出づるには似給はず。女御の
御宮たちはた、父みかどの御方ざまに、王気づきてけ高うこそおはしませ、こ
とにすぐれてめでたうしもおはせず。この君、いとあてなるに添へて、愛敬づ
き、まみのかほりて笑がちなるなどを、いとあはれと見給ふ。思ひなしにや、
なをいとようおぼえたりかし。ただいまから、まなこゐのどかに、はづかしき
さまもやう離れて、かほりおかしき顔ざまなり。宮はさしもおぼし分かず、人
はたさらに知らぬことなれば、ただ一ところの御心のうちのみぞあはれに、は
かなかりける人の契りかな、と見給に、大方の世の定めなさもおぼしつづけ
られて、涙のほろほろとこぼれぬるを、けふは言忌すべきを、とをしのごひ隠
し給て、「静かに思ひて嗟くに堪えたり」とうち誦じ給。五十八を十取り捨て
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たる御齢なれど、末になりたる心ちし給て、いとものあはれにおぼさる。「汝
が爺に」とも諫めまほしうおぼしけむかし。
このことの心知れる人、女房のなかにもあらんかし、知らぬこそねたけれ、
おこなりと見るらん、とやすからずおぼせど、わが御咎あることはあへなん、
二つ言はんには、女の御ためこそいとをしけれ、などおぼして、色にも出だし
たまはず。いと何心なうもの語りしてはらひ給へるまみ、口つきのうつくしき
も、心知らざらむ人はいかがあらん、なをいとよく似通ひたりけり、と見たま
ふに、親たちの、子だにあれかしと泣い給らんにもえ見せず、人知れずはかな
き形見ばかりをとどめをきて、さばかり思ひ上がりおよすげたりし身を心もて
失ひつるよ、とあはれにおしければ、めざましと思ふ心もひき返し、うち泣か
れ給ぬ。
人々すべり隠れたるほどに、宮の御もとに寄り給て、「この人をばいかが見
給や。かかる人を捨てて背きはて給ひぬべき世にやありける。あな心う」と
おどろかし聞こえ給へば、顔うち赤めておはす。
「たが世にか種はまきしと人とはばいかがいはねの松はこたへん
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あはれなり」など、忍びて聞こえ給に、御いらへもなうてひれ臥し給へり。こ
とはりとおぼせぱ、しゐても聞こえ給はず。いかにおぼすらん、もの深うなど
はおはせねど、いかでかただには、と推しはかりきこえ給もいと心ぐるしうな
ん。
大将の君は、かの心にあまりてほのめかし出でたりしを、いかなることにか
ありけん、すこし物おぼえたるさまならましかば、さばかりうち出でそめたり
しに、いとようけしきばみてましを、言ふかひなきとぢめにて、おりあしうい
ぶせく、あはれにもありしかな、と面影忘れがたうて、はらからの君たちより
もしいてかなしとおぼえ給けり。女宮の、かく世を背き給へるありさま、おど
ろおどろしき御なやみにもあらで、すがやかにおぼし立ちけるほどよ、又、さり
ともゆるしきこえ給べきことかは、二条の上の、さばかり限りにて、泣く泣く
申給と聞きしをば、いみじきことにおぼして、ついにかくかけとどめたて
まつるものを、など取り集めて思ひくだくに、なをむかしより絶えず見ゆる心
ばへ、え忍ばぬ折々ありきかし、いとようもて静めたるうはべは、人よりけ
に用意あり、のどかに、何事をこの人の心のうちに思ふらんと、見る人も、見
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ゆることも、苦しきまでありしかど、すこしよはきところつきて、なよび過ぎ
たりしぞかし、いみじうとも、さるまじきことに心を乱りて、かくしも身に代
ふべき事にやはありける、人のためにもいとおしう、我身はいたづらにやなす
べき、さるべきむかしの契りといひながら、いとかるがるしうあぢきなきこと
なりかし、など心ひとつに思へど、女君にだに聞こえ出で給はず、さるべきつ
いでなくて、院にもまだえ申給はざりけり。さるは、かかることをなんかす
めし、と申出でて、御けしきも見まほしかりけり。
父おとど、母北の方は、涙のいとまなくおぼし沈みて、はかなく過ぐる日数
をも知り給はず、御わざのほうぶく、御装束、何くれのいそぎをも、君たち、
御方がた、とりどりになんせさせ給ける。経、仏のおきてなども、右大弁の君
せさせ給。七日七日の御誦経などを、人の聞こえおどろかすにも、「われにな
聞かせそ。かくいみじと思ひまどふに、中なか道さまたげにもこそ」とて、亡
きやうにおぼしほれたり。
一条の宮には、ましておぼつかなくて、別れ給にしうらみさへ添ひて、日ご
ろ経るままに、広き宮のうち、人げ少なう心ぼそげにて、親しく使ひ馴れ給し
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人はなをまいりとぶらひきこゆ。好み給し鷹、馬など、その方の預かりどももみ
な、つぐ所なう思ひうじて、かすかに出で入るを見給も、事に触れてあはれ
は尽きぬものになんありける。もてつかひ給し御調度ども、つねに弾き給しびわ、
和琴などの緒も取り放ちやつされて、音は立てぬも、いと埋れいたきわざなり
や。
御前の木立いたふけぶりて、花は時を忘れぬけしきなるを、ながめつつもの
がなしく、さぶらふ人々も鈍色にやつれつつ、さびしうつれづれなる昼つ方、
前駆はなやかにをふとして、ここにとまりぬるひとあり。「あはれ、故殿の御
けはひとこそうち忘れて思ひつれ」とて泣くもあり。大将殿のおはしたるなり
けり。御消息聞こえ入れ給へり。例の弁の君、宰相などのおはしたるとおぼし
つるを、いとはづかしげにきよらなるもてなしにて入り給へり。
母屋の廂に御座よそひて入れ奉る。をしなべたるやうに人々のあへしらひ
聞こえむはかたじけなきさまのし給へれば、御息所ぞ対面し給へる。「いみじ
きことにを思ひ給へ嘆く心は,さるべき人々にも越えて侍れど、限りあれば、
聞こえさせやる方なうて、世の常になり侍にけり。いまはの程に、の給をく
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事侍しかば、をろかならずなむ。たれものどめがたき世なれど、をくれ先立
っほどのけぢめには思ひ給へをよばむに従ひて、深き心のほどをも御覧ぜられ
にしかなとなん。神わざなどのしげきころをひ、私の心ざしにまかせて、つく
づくとこもり侍らむも例ならぬ事なりければ、立ちながらはた、中なかに飽か
ず思ひ給へらるべうてなん、日ごろを過ぐし侍にける。おとどなどの心を乱り
給さま、見聞き侍につけても、親子の道の闇をばさるものにて、かかる御
中らひの深く思ひとどめ給けん程を推しはかりきこえさするに、いと尽きせ
ずなん」とて、しばくおしのごひ鼻うちかみ給。あざやかにけた{か}きもの
から、なつかしうなまめいたり。
宮す所も鼻声になり給て、「あはれなることは、その常なき世のさがにこそ
は。いみじとても、又たぐひなきことにやはと、年積りぬる人はしゐて心づよ
うさまし侍るを、さらにおぼし入たるさまの、いとゆゆしきまで、しばしもた
ちをくれ侍まじきやうに見え侍れば、すべていと心うかりける身の、いままで
ながらへ侍て、かくかたがたにはかなき世の末のありさまを見給へ過ぐべきに
や、といと静心なくなん、をのづから近き御仲らひにて、聞きをよぱせ給やう
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も侍けん。はじめつ方より、おさおさうけひききこえざりし御ことを、おとど
の御心むけも心ぐるしう、院にもよろしきやうにおぼしゆるいたる御けしきな
どの侍しかば、さらばみづからの心をきてのをよばぬなりけりと思給なして
なん見奉るを、かく夢のやうなることを見給るに、思給へ合はすれば、はか
なきみづからの心のほどなん、おなじうは強うもあらがひきこえましを、と思
ひ侍になをいとくやしう。それはかやうにしも思ひより侍らざりきかし。御
子たちはおぼろけのことならであしくもよくもかやうに世づき給ふ事は心にく
からぬことなり、と古めき心には思ひ侍しを。いづ方にもよらず、中空にうき
御宿世なりければ、何かは、かかるついでに煙にも紛れ給なんは、この御身の
ための人聞きなどはことにくちをしかるまじけれど、さりとても、しかすくよ
カにえ思しつむまじう かなしう見たてまつり侍に、いとうれしう浅からぬ御
とぶらひのたびたびなり侍めるを、ありがたうもと聞こへ侍も、さらばか
の御契りありけるにこそはと、思ふやうにしも見えざりし御心ばへなれど、い
まはとてこれかれにつけをき給ける御遺言のあはれなるになん、うきにもうれ
しき瀬はまじり侍ける」とて、いといたう泣い給けはひなり。
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大将も、とみにえためらひ給はず、「あやしく、いとこよなくおよすげ給へ
りし人の、かかるべうてや、この二三年のこなたなんいたうしめりて、もの心
ぼそげに見え給しかば、あまり世のことばりを思ひ知り、もの深うなりぬる人
の、澄み過ぎて、かかるためし、心うつくしからず、かへりてはあざやかなる
方のおぼへ薄らぐものなりとなん、常にはかばかしからぬ心に諫めきこえしか
ば、心あさしと思給へりし。よろづよりも人にまさりて、げにかのおぼし嘆
くらん御心のうちの、かたじけなけれど、いと心ぐるしうも侍かな」など、な
つかしうこまやかに聞こえ給て、ややほど経てぞ出で給。
かの君は、五六年の程のこのかみなりしかど、なをいと若やかになまめき、
あひだれてぞものし給し、これは、いとすくよかにをもをもしくおおしきけは
ひして、顔のみいと若うきよらなる事、人にすぐれ給へる、若き人々はもの
かなしさもすこし紛れて見出だし奉る。御前近き桜のいとおもしろきを、こと
しばかりはとうちおぼゆるも、いまいましき筋なりければ、「あひ見むことは」
と口ずさびて、
時しあればかはらぬ色ににほひけりかたへ枯れにし宿の桜も
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わざとならず誦じなして立ち給に、いととう、
この春は柳の芽にぞ玉はぬく咲き散る花の行くゑ知らねば
と聞こえ給。いと深きよしにはあらねど、いまめかしうかどありとは言はれた
まひし更衣なりけり、げにめやすきほどの用意なめり、と見給う。
やがて、致仕の大殿にまいり給へれば、君たちあまたものし給けり。「こな
たに入らせ給へ」とあれば、おとどの御出居の方に入給へり。ためらひて対面
し給へり。古りがたうきよげなる御かたち、いと痩せ衰へて、御髪などもとり
つくろひ給はねば、しげりて、親の孝よりもけにやつれ給へり。見奉り給より、
いと忍びがたければ、あまりおさまらず乱れ落つる涙こそはしたなけれ、と思
へば、せめてもて隠し給。おとども、とりわき御中よくものし給しを、と見
給に、ただ降りに降り落ちてえとどめ給はず、尽きせぬ御ことどもを聞こえ
かはし給。
一条の宮にまうでたまへるありさまなど聞こえ給。いとどしく、春雨かと見
ゆるまで、軒のしづくに異ならず濡らし添へ給。畳紙にかの「柳の芽にぞ」と
ありつるを書い給へるを、奉り給へば、「目も見えずや」とをししぼり、うち
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ひそみつつ見給御さま、例は心づようあざやかに誇りかなる御けしきなごり
なく、人わろし。さるは、異なる事なかめれど、この「玉はぬく」とあるふし
の、げにとおぼさるるに心乱れて、久しうえためらひ給はず。「君の御母君隠
れ給へりし秋なん、世にかなしきことの際にはおぼえ侍しを、女は限りありて、
見る人少なう、とあることもかかる事もあらはならねば、かなしびも隠ろへて
なむありける。はかばかしからねど、おほやけも捨て給はず、やうやう人とな
り、官位につけてあい頼む人々、をのづから次々に多うなりなどして、お
どろきくちをしがるも類に触れてあるべし。かう深き思ひは、その大方の世の
おぼえも、官位もおもほえず、ただことなることなかりしみづからのありさま
と、空を仰ぎてながめ給。
夕暮れの雲のけしき、鈍色に霞みて、花の散りたる梢どもをも、けふぞ目
とどめ給。この御畳紙に、
木の下のしづくに濡れてさかさまに霞の衣着たる春かな
大将の君、
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亡き人も思はざりけんうち捨てて夕べの霞君着たれとは
弁の君、
うらめしや霞の衣たれ着よと春よりさきに花の散りけん
御わざなど、世の常ならずいかめしうなんありける。大将殿の北の方をばさる
ものにて、殿は心ことに、誦経などもあはれに深き心ばへを加へ給。
かの一条の宮にも,常にとぶらひ聞こえ給。卯月ばかりの卯の花はそこはか
となう心ちよげに、一つ色なる四方の梢もをかしう見えわたるを、もの思ふ宿
はよろづのことにつけて静かに心ぼそく、暮らしかね給に、例の渡り給へり。
庭もやうやう青み出づる若草見えわたり、ここかしこの砂子薄きものの隠れの
方に蓬も所ゑ顔なり。前栽に心入れてつくろひ給しも、心にまかせて茂りあ
ひ、一むら薄も頼もしげに広ごりて、虫の音添はん秋思ひやらるるより、いと
ものあはれに露けくて分け入り給。伊予簾かけわたして、鈍色のき丁、衣が
へしたる透影涼しげに見えて、よきはらはのこまやかに鈍める汗杉のつま、頭
つきなどほの見えたる、おかしけれど、なを目おどろかるる色なりかし。
けふは簀子にゐ給へば、褥さし出でたり。いとかろらかなる御座なりとて、
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例の宮す所おどろかしきこゆれど、このごろなやましとてより臥し給へる、と
かく聞こえまぎらはすほど、御前の木立ども、思ふことなげなるけしきを見
給もいとものあはれなり。柏木とかえでとの、ものよりけに若やかなる色し
て枝さしかはしたるを、「いかなる契りにか、末あへる頬もしさよ」などの給
て、忍びやかにさし寄りて、
「ことならばならしの枝にならさなむ葉守の神のゆるしありきと
御簾の外の隔てあるこそうらめしけれ」とて、長押によりゐ給へり、「なよび
姿はた、いといたうたをやぎけるをや」と、これかれつきしろふ。この御あ
へしらへ聞こゆる少将の君といふ人して、
「柏木に葉守の神はまさずとも人ならすべき宿の梢か
うちつけなる御言の葉になん浅う思給へなりぬる」と聞こゆれば、げに、と
おぼすにすこしほほ笑み給ぬ。
御息所いざり出で給けはひすれば、やをらゐなをり給ぬ。「うき世中を思給
へしづむ月日の積るけぢめにや、乱り心ちもあやしう、ほれぼれしうて過ぐし
侍を、かくたびたび重ねさせ給御とぶらひのいとかたじけなきに、思給へ
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おこしてなん」とて、げになやましげなる御けはひなり。「思ほし嘆くは世の
ことはりなれど、又いとさのみはいかが。よろづのことさるべきにこそ侍るめ
れ。さすがに限りある世になん」と慰めきこえ給ふ。
この宮こそ聞きしよりは心の奥見え給へ、あはれ、げにいかに人はらわれな
ることをとり添へておぼすらん、と思ふもただならねば、いたう心とどめて、
御ありさまも問ひきこえ給けり、かたちぞいとまほにはえものし給まじけれど、
いと見ぐるしうかたはらいたき程にだにあらずは、などて見る目により人をも
思ひ飽き、又さるまじきに心をもまどはすべきぞ、さまあしや、ただ心ばせの
みこそ言ひもてゆかんにはやんごとなかるべけれ、とおもほす。
「いまは猶むかしにおぼしなずらへて、うとからずもてなさせ給へ」など、
わざとけさうびてはあらねど、ねんごろにけしきばみて聞こえ給。なをし姿い
とあざやかにて、丈だちものものしうそそろかにぞ見え給ける、「かのおとど
は、よろずの事なつかしうなまめき、あてにあひぎやうつき給へることの並び
なきなり。これはおおしうはなやかにあなきよら、とふと見え給にほひぞ人
に似ぬや」とうちささめきて、「おなじうは、かやうにて出で入り給はましか
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ば」など人々言ふめり。
「右将軍が墓に革初めて青し」とうち口ずさびて、それもいと近き世のこと
なれば、さまざまに近うとをう、心乱るやうなりし世の中に、高きも下れるも、
おしみあたらしがらぬはなきも、むべむべしき方をばさるものにて、あやしう
なさけを立てたる人にぞものし給ければ、さしもあるまじき公人、女房など
の、年古るめきたるどもさへ、恋ひかなしみきこゆ。まして上には、御遊びな
どのおりごとにも、まづおぼし出でてなんしのばせ給ける。「あはれ、衛門督」
と言ふ言種、阿ことにつけても言はぬ人なし。
六条院には、ましてあはれとおぼし出づる事、月日に添へて多かり。この
若君を、御心ひとつには形見と見なし給へど、人の思ひ寄らぬ事なれば、いと
かひなし。秋つ方になれば、この君はひゐざりなど。