源氏物語の会話文と地の文をめぐる数量分析

―助動詞を中心に―



上田英代(古典総合研究所) 
村上征勝(統計数理研究所) 
藤田真理(東電学園)    

ディスクリプタ: 会話文 地の文 主要品詞 動詞  
         助動詞 出現比率         

1)はじめに
 源氏物語」のみならず、平安時代から鎌倉室町時代に至る物語等の会話文と地の文については、すでに様々な角度より論ぜられている。周知のように、「源氏物語」の成立には、「歌物語」「日記」「作り物語」が大きく影響し、それぞれの系列の成立事情が考えられている訳であるが、当時の文学に言えることは、近代以降の文学のように作者が享受者としての読者を明確に意識している訳ではないことである。即ち、「古代作家の内部における、どこかあいまいな関係、いいかえれば語ることと書く事の融合状態、抱合状態のなかに、物語文学全体があるので、…」1)と藤井氏が述べているように、物語文学の作者が、伝承されてきたことをそのまま記す形をとるのか、その伝承場面をも含めて記すのか、作者の考えをどの立場で記しているのか等々、作者と享受者の関係がはっきりとは定まっていないのである。こうした「語るように書く、というところに出発した」1)物語文学では、会話部分と地の部分の違いは左程大きくはない。従って会話文地の文は、区別がつきにくい上に、融合してしまったりするので「明確に区分できない場合もしばしばある」2)とも指摘されている。このことは、「源氏物語」が「ことがらを客観的に三人称的に叙述する叙事の文章であるよりは、むしろ、作者の主観によって一人称的にものがたる叙情の文章」3) であると指摘されているとおりである。
 このように、「源氏物語」では会話文と地の文の違いはあまり明確ではないし、従来それほど文体の差が無いとされている。しかし、作者は作中人物に会話させ、物語に臨場感を持たせている。従って、会話文は地の文よりも話しことばに近い書きことばで述べられており、特定の聞き手を想定している。ここで、各品詞等を数量的に処理すると、微妙な違いが明確になると考え、分析を行なった。本稿では、「源氏物語」のすべての巻で、会話文のほうが助動詞の出現比率が高く、出現比率の高い助動詞の種類も微妙に異なることが明らかになったのでこの点について詳細に述べる。また、助動詞の相互承接についても従来述べられていることが数量的に確認できた。会話文と地の文の分類については、作中人物が心中で思ったことを述べた内話や、消息文を会話文とするかどうか、引用句や引歌をどうするかという問題があるが、一応一つの校訂で、「 」で囲んである部分を会話文として分析することにした。筆者等は、分析の際『源氏物語大成』の索引篇に基づいて語分割し、品詞情報を付加したデータベースを用いた。会話文としては、 旧日本古典文学全集(小学館)「源氏物語」で、「 」に囲まれている部分を用い、和歌の部分は除いて、地の文と比較した。

2)結果と考察
 2.1 主要品詞の出現比率

 まず、「源氏物語」全体を概観するために会話文、地の文、和歌の語数の出現比率を求めると、表1の様になる。次に各巻の会話文の出現比率はグラフ1である。このグラフ1からも明らかなように、巻の50%以上が会話文で占められている巻は、多い順に「帚木」「夢浮橋」「常夏」で、逆に少ない順では、「花散里」「匂宮」「紅葉賀」の巻である。会話文の出現比率の多少は各巻の内容に因っている。

表1 会話文、地の文、和歌の出現比率(単位:%)

文の種類
会話文地の文和歌
源氏物語35.161.83.1

グラフ1 総語数に対する会話文の出現比率


 次に会話文、地の文、和歌の主要品詞の出現比率を求めると表2となる。主要品詞の出現比率からは、会話文、地の文に大きく差があるとはいえないが、和歌のように字数の制限の強いものでは、名詞の出現比率が高く、形容詞、形容動詞、副詞、のような修飾語の出現比率が低くなっている。樺島氏が、現代文で樺島の法則として述べていること4) が、「源氏物語」でも数量的に認められる。

表2 主要品詞の出現比率(単位:%)
 名詞代名詞動詞 形容詞形容動詞副詞助詞助動詞その他
会話 16.40.914.962.24.631.113.510.4
地の文 17.70.417.45.92.64.132.110.49.4
和歌 25.80.817.83.50.91.635.1113.5

 さらに、すべての巻の、会話文、地の文、和歌の各品詞の出現比率を調べた。その結果、動詞は「花散里」一巻を除いてすべての巻で、地の文の方が会話文より出現比率が高く(グラフ2)、また助動詞はすべての巻において会話文のほうが地の文より出現比率が高かった(グラフ3)。代名詞は、出現比率が少ない範囲での比較となるが、54巻中47巻で地の文より会話文での出現比率が高かった(表2。話者、聞き手、読み手に共通理解がある場合、代名詞が多いのは納得できることである。他品詞の出現比率は各巻それぞれ異なり、会話文と地の文とのまとまった傾向はみられなかった。

 2.2助動詞全般と各巻での出現状況
 助動詞は、すべての巻で会話文のほうに多く出現するので、助動詞全体と各巻の状況について調べた。各助動詞は『大成』の助詞助動詞の部の見出し語形のまま使用した。その理由は、助動詞を意味分類する前に、まず全体の正確な数量的状況を把握しておくことが必要と思われるからである。助動詞の意味分類については相互の配列順序に深く関わっており、細かな点で諸説異なり、5)6)7)8)慎重に行なわれなければならない。助動詞の活用形は無視し、助動詞の前に接続する自立語の品詞の種類は問わず、単純に出現率を求めた。その結果、「源氏物語」全体では、「ず」「む」「たり」「けり」「なり」「り」「ぬ」…の順に出現比率が高い。しかし、会話文と地の文では、この順位がかなり異なる(表3)。即ち会話文では、出現比率が高い順に「む」「ず」「き」「べし」……となるが、地の文では「ず」「たり」「り」「けり」……の順になる。会話文中での助動詞の「む」の出現比率は、16.0%と最も高く第一位である。

表3 助動詞の種類別出現比率(単位:%)( )は順位(上位12位まで)
  たり けり なり
全体
(順位)
12.9 (1)  11.0 (2) 10.0 (3) 8.4 (4) 8.0 (5) 7.8 (6)
会話文
(順位)
11.9 (2) 16.0 (1) 6.0 (7) 5.9 (8) 7.9 (5) 3.2 (10)
地の文
(順位)
13.3 (1) 7.3 (6) 13.3 (2) 10.2 (4) 8.1 (5) 11.4 (3)

  べし
全体
(順位)
7.4 (7) 6.9 (8) 6.6 (9) 3.4(10) 3.4(11) 2.9(12)
会話文
(順位)
7.9 (6) 8.9 (3) 8.5 (4) 4.5(10) 2.6(12) 2.8(11)
地の文
(順位)
7.0 (7) 5.0 (9) 5.3 (8) 2.7(12) 4.0(10) 3.2(11)

 このような会話文と地の文における各助動詞の出現比率の違いを度数分布としてグラフ化したものが図1から図12までである(上位12位まで)。縦軸は巻の数、横軸は出現比率を表し、助動詞の種類別に会話文の分布を上段に、地の文を下段に、0.2%間隔ごとに何巻分布するかを表わしている。この分布グラフをみると、会話文に多く出現しているのが「む」「き」「べし」などであり、地の文では「たり」「り」などである。「ず」「なり」「る」などはどちらの文にも同じ様な出現比率で使われている。


図1 「ず」

図2 「む」

図3 「たり」

図4 「けり」

図5 「なり」

図6 「り」

図7 「ぬ」

図8 「き」

図9  「べし」

図10  「つ」

図11  「る」

図12  「す」

 「なり」については、前に接続する語が活用語の終止形である、伝聞・推定の意の「なり」と、それ以外の語に接続する、断定の意の「なり」が同一語であるか、別語であるかの論議がなされて来たが、9)10)11)12)13)14)現在では別語とするのが定説となっている。 前に接続する語が活用語の終止形のものは、見出し語形「なり」総数のうち4.1%で、全巻で143個と数は少ない(『大成』の認定基準によっている)が、語源も違い別語であるので、会話文と地の文での分布を調べた。会話文と地の文での各々の全助動詞中での出現比率はそれぞれ0.6%と0.2%で、会話文での出現比率がわずかに多い。 特定の相手を想定して話す会話文中のほうが地の文中より、伝聞・推定の「なり」が多くなっている。それらを除いた「なり」については、7.3%と 7.9%で前記の結果に、殆ど変わりがない。ただ、わずかの差でも、会話文のほうが話し手の主観度が強い伝聞・推定の「なり」が多く、断定の「なり」が地の文に多いことは納得できる結果である。

 2.3助動詞の接続状況
 次に、会話文と地の文で、自立語すべてに接続する助動詞の接続状況を調べた。助動詞の前接品詞の出現比率は表4の様であり、会話文、地の文ともに動詞に接続する助動詞が80%以上を占める。動詞に接続する助動詞の種類については次節で詳しく述べるとして、動詞以外に接続する助動詞の種類について調べた(表5)。 これを見ると、会話文地の文ともに「なり」が第一位となっている。これは名詞の後に来る助動詞に「なり」が多い故であり、第二位目からはここでも会話文地の文の特性を表しているといってよい。すなわち、会話文では「む」「ず」「べし」の順に多く接続し、地の文では「けり」「ず」「む」の順に多く接続している。

表4 助動詞の前接品詞(単位:%)
  名詞 動詞 形容詞 形容動詞 その他
会話文 8.5 80.2 7.2 2.0 2.1
地の文 9.8 81.6 5.0 1.9 1.7

表5 動詞以外の品詞に後接する助動詞の種類別出現比率(単位:%)
  なり べし けり まじ たり その他
会話文
(順位)
36.3
(1)
15.6
(2)
14.2
(3)
10.9
(4)
8.3
(5)
7.3
(6)
1.5
(7)
1.4
(8)
0.7
(9)
3.7
地の文
(順位)
48.4
(1)
7.5
(4)
12.7
(2)
6.4
(6)
7.0
(5)
10.1
(3)
2.0
(7)
0.6
(9)
2.0
(8)
3.3

 2.4動詞と助動詞の関係について
 2.3で述べたように、会話文、地の文ともに助動詞に前接する品詞は動詞が80%余(表4)である。わずかに地の文のほうが他品詞より動詞に接続する助動詞が多い。もし、動詞と助動詞が一対一に接続するのであれば、会話文と地の文の動詞は助動詞と同様の出現比率となるはずである。しかし、表2をみると会話文と地の文では動詞と助動詞の出現比率の大小が逆転している。この現象から推測できることは、会話文のほうが動詞の後に接続する助動詞が多く、助動詞連続が多いのではないかということである。文節毎に文を切った場合、動詞の後に助動詞を伴ったものについて調べたのが表6である(助動詞の活用形は無視し、助動詞の後に助詞が接続したり、文末の場合を含む)。

表6 動詞の後の助動詞連続の出現比率(単位:%)
  動詞だけ 動詞+助動1 動詞+助動2 動詞+助動3 動詞+助動4 動詞+助動5
会話文 23.1 60.0 15.3 1.6 0.1 0.0
地の文 30.3 59.0 9.9 0.7 0.0

 表6からみると、地の文では動詞の単独用法が多く、動詞の後に助動詞が一個接続したもの(+助詞、文末の場合を含む)の出現比率は、会話文と地の文に差がないが、助動詞が二個以上連続して接続するもの(+助詞、文末の場合を含む)は会話文に多いことがわかる。
 次に動詞に後接する助動詞が一個の場合、会話文地の文の出現比率には差がないが、種類について調べたのが表7である。これをみると接続する助動詞の種類が少し異なる。会話文には「む」が第一位で接続し、地の文では「たり」が第一位で接続している。

表7 動詞後接助動詞1個の場合の出現比率(単位:%)
  たり べし けり その他
会話文
(順位)
17.5
(1)
16.2
(2)
9.0
(3)
8.8
(4)
6.7
(5)
6.1
(6)
3.7
(7)
3.7
(8)
28.5
地の文
(順位)
7.8
(3)
14.9
(2)
23.7
(1)
4.0
(9)
3.8
(10)
6.3
(6)
7.7
(4)
4.9
(8)
25.2

 次に助動詞が二個連続して後接する場合について調べた。二連続する助動詞にはかなりの接続の型があるが、型毎の出現比率(たとえば、「動詞-ぬ-む」、「動詞-ぬ-べし」等……助動詞は終止形で表記している)は、最多でも地の文に出現する「動詞-ぬ-けり」の10.8%(地の文中)で、小さい出現比率での比較となるので、二連続の先頭助動詞と二番目助動詞の出現比率を調べた(表8、表9)。会話文地の文ともに「ぬ」と「たり」からはじまる連続用法が多く、合わせて50%以上を占める。また先頭に来る助動詞の上位5位をみると、順位は少し違うが同じ種類の助動詞であり、この点では会話文地の文の差があまりない(表8)。しかし連続用法の二番目に来る助動詞の種類をみると、会話文の第一位が「む」で、地の文の第一位が「けり」で、他の助動詞よりかなり多く、会話文と地の文の特性が表われているといえる。また上位を占める助動詞の種類は一番目のものとかなり異なり、会話文地の文とも、「たり」を除いては、話し手の心情を表したり直接体験したことを述べる助動詞が多く接続している(表9)。この点については渡辺氏が「助動詞相互承接の語順は、上から辿れば感情的性格の濃くなってゆく順序であり、下から辿れば論理的性格の濃くなってゆく順序であると言えるであろう。」と述べられているとおりである。15) 同様のことを阪倉氏7)も大野氏も16)も述べられている。

表8 連続用法先頭助動詞の比率(単位:%)
会話文 地の文
136.3133.6
2タリ14.32タリ18.5
311.5310.9
411.1410.1
58.558.3

表9連続用法二番目助動詞の比率(単位:%)
会話文 地の文
126.81ケリ29.3
217.3216.7
3ベシ13.83ベシ13.7
4ケリ12.9412.1
5タリ5.45タリ8.3

 2.5「む」と「たり」について
 ここまで、会話文と地の文の助動詞について数量的に分析してきた結果、会話文では「む」が、地の文では「たり」の出現比率が他のものより高いことがわかったので、それぞれの文中での活用形ごとの出現比率を調べた (表10)。使われかたに差があるかどうかを調べるためである。「む」の場合、終止形と連体形は同形で、区別がしにくい場合がしばしばあり、各巻ごとでも少しずつ終止形と連体形の相互の出現比率が異なり、活用形の情報からだけでは会話文と地の文の大きな違いは見出せない。已然形については、会話文の217例中207例が、地の文の42例中42例全部が係助詞「こそ」の結びとなっているが、会話文のほうが係助詞「こそ」を多く使用し(表11)、強調表現が多いことから、会話文中での已然形の出現比率が地の文より若干高くなったといえる。「む」の場合、活用形の出現比率による地の文と会話文の差は殆どない。
 「たり」については会話文と地の文では、活用形ごとの出現比率はかなり異なる。会話文の連用形の出現比率は、各巻によってそれぞれ少しずつ異なるが、終止形が5%前後で未然形が10%前後という点はかわらず、各巻でもおおかたこの傾向を示している 。この理由について「たり」の後接語のすべてについて調べた(表12)。

表10「む」と「たり」の活用形別出現比率(単位:% )

 
活用形    
「む」 「たり」
会話文 地の文 会話文 地の文
未然形 0.0 0.0 11.9 4.5
連用形 0.0 0.0 13.3 6.4
終止形 30.2 22.9 4.8 21.5
連体形 62.2 74.7 65.9 58.6
已然形 7.7 2.4 4.0 9.0
命令形 0.0 0.0 0.2 0.0

表11 会話文地の文の全助詞中の出現比率(単位:%)
  「こそ」 「ば」 「ど」
会話文 3.5 3.5 1.6
地の文 0.5 5.3 2.3

 ただし表には主要なもののみ載せた。これより、会話文に未然形が多いのは「む」に接続するものが多いためであり、連用形が多いのは「き」(実際は連体形「し」、已然形「しか」)に接続するものが多いためであることがわかる。会話文に使われる「たり」の未然形と「む」の組み合わせ「たらむ」では、「たる」としてもあまり意味が変わらない用法も多くあり、同じ「む」を使っていても、「む」の持つ強い意味は薄れ、会話文特有の婉曲表現となっている。終止形は地の文のほうが会話文より数倍多い。話しことばに近い会話文と異なり、地の文は事柄を述べる際に文章を確実に完結する場合が多く、地の文に多い

表12 「たり」の後接語一覧表 (単位:%)
  後接 会話文 地の文 後接 会話文 地の文


9.1 11.9 3.2 4.5

ナリ 3.5 65.9 0.9 58.6
0.8 0.7 メリ 2.0 0.3
1.3 0.3 2.5 5.6
その他 0.7 0.3 3.5 4.9


ケリ 2.3 13.3 3.0 6.4 1.9 1.1
8.5 2.4 1.2 1.8
1.8 0.7 その他 3.3 2.8
その他 0.7 0.3 文末 44.5 40.4


2.0 4.8 0.8 21.5

2.1 4.0 6.0 9.0
その他 1.1 0.1 1.0 2.9
文末 1.7 20.6 その他 0.3 0.0
文末 0.6 0.1

「たり」でも終止形が多くなったといえる。地の文に已然形が多いのは、接続助詞「ば」と「ど」が、理由を述べたり逆接する助詞で地の文に多く(表11)、それに影響されて、地の文での出現比率が高くなっているためである。「こそ」の結びは会話文で5例、地の文で2例でともに0.6%以下であるので影響外であろう。各巻多少の違いはあるが、おおかたこの傾向を持っている。
 会話文に「む」が多く、地の文に「たり」が多い理由について、助動詞の相互承接の語順という点から考えると、「む」は必ず「たり」より後に配列される語である。ということは、文中で果たす意味が「助動詞相互承接の語順は、上から辿れば感情的性格の濃くなってゆく順序であり、下から辿れば論理的性格の濃くなってゆく順序であると言えるであろう。」11) とも、また「段階的に、客観的な事態の記述から、話し手の主観性へと色濃く傾いてくることが認められる。」7) とも言える訳だから、会話文のほうが主観的意が強く、感情的性格が濃いといえるので「む」が多くなり、地の文のほうが、客観的に叙述する必要性が高く、論理的性格が濃いため「たり」が多くなった、といえる。

3)結論
 以上結論として、

  1. 「源氏物語」における会話文と地の文で、全巻にわたって量的な差があるのは助動詞と動詞である。
  2. 助動詞はすべての巻で、会話文のほうが地の文より多く、会話文と地の文では高比率で使用される助動詞の種類に偏りがある。
  3. 会話文では、出現比率の高い順に「む」「ず」「き」「べし」で、助動詞承接の順序からいえば、下位の語が多く、話し手の心情や感情を表す度合いが強い。地の文では「たり」「ず」「り」「けり」となり、会話文より上位の語が多く物事の状況を客観的に叙述する度合いが強い。
  4. 「たり」の場合、活用形毎の出現比率が会話文と地の文で少し異なる。また「たり」の後接に助動詞が接続するものは会話文に多く、なかでも話し手の心情を表す「む」や直接体験を表す「き」を後接するものが地の文より多いため、未然形、連用形の出現比率が地の文より多くなっている。会話文で、「たり」の連体形が多いのは「なり」「めり」を後接しているのと、係助詞の結びとなって文末に来ているものが地の文より多いためである。
  5. 動詞は一巻を除いたすべての巻で地の文に多く、動詞の単独用法は地の文に多く、動詞に接続する助動詞の連続用法は会話文に多い。
  6. 動詞に後接する助動詞が一つのものの出現比率は会話文と地の文に差がないが種類には少し違いがある。会話文では「む」が地の文では「たり」が第一位で接続している。
  7. 動詞に二つ連続して後接する助動詞では、会話文と地の文で後接する先頭助動詞の種類には差がないが、二番目助動詞の種類には少し差があり、会話文では「む」が多く、地の文では「けり」が多い。
ということがいえる。このことは、従来さほど違いがないといわれていた源氏物語の会話文と地の文が、助動詞の使用法という点からみれば微妙な違いがあり、使用される助動詞の種類によって、会話文は話し手の主観的な度合いが強く、地の文は客観的な度合いが強いといえる。
 今後、個々の助動詞について更に精密に分析し、他作品との比較を順次行うつもりである。それによって「源氏物語」の会話文の特性を、「源氏物語」特有のものなのか、平安時代の物語の会話文の共通の特性なのかを、より深く分析してゆくつもりである。
 本論文については、大阪府立大名誉教授樺島忠夫先生、九州大学文学部教授今西祐一郎先生より丁寧なご助言頂いた。ここに深く感謝申し上げます。

文献
 1)藤井貞和 「草子地」論の諸問題 『国文学』 第22巻1号 昭和52年1月
 2)伊藤 博 心内語 『国文学』28巻16号
 3)阪倉篤義 『文章と表現』第二章 第五節 角川書店 昭和50年
 4)樺島忠夫 『日本語はどう変わるか』岩波書店 昭和56年1月
 5)橋本進吉 『助詞・助動詞の研究』岩波書店 昭和 44 年 11月
 6)金田一春彦 不変化助動詞の本質 上・下 『国語国文』 昭和28 年 2,3
 7)阪倉篤義 『語構成の研究』角川書店 昭和41年3月
 8)北原保雄 助動詞の相互承接についての構文論的考察『国語学』 昭和45年 12月
 9)春日和男 いはゆる伝聞推定の助動詞「なり」の原形について『国語学』 昭和30 年12月
 10)竹岡正夫 助動詞ナリの表わすもの−助動詞の意味の検討-『国語学』 昭和31年7月
 11)塚原鉄雄 活用語に接続する助動詞<なり>の生態的研究 『国語国文』 第28巻7号
 12)北原保雄 <なり>と<見ゆ>−上代の用例に見えるいわゆる終止形承接の意味するもの 昭和40年 6月
 13)北原保雄 <終止なり>と<連体なり>−その分布と構造的意味-『国語と国文学』 第43巻
 14)北原保雄 「なり」の構造的意味 『国語学』 昭和42年3月
 15)渡辺 実 叙述と陳述―述語文節の構造― 『国語学』 昭和28年10月
 16) 大野 晋 助動詞の役割『解釈と鑑賞』 昭和43年 10月号


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