源氏物語の数量分析
−会話文と地の文における文体の特徴−


上田英代(古典総合研究所)          
村上征勝(統計数理研究所/総合研究大学院大学)
今西祐一郎(九州大学)            
樺島忠夫(神戸学院大学)           
藤田真理(東電学園)             
上田裕一(もとぶ野毛病院)          


1)はじめに
著者等は、昨年度までに『源氏物語大成』の索引に基づいたデータベースを作成し、現在、「源氏物語」について様々な角度から数量的分析を試みているが、「源氏物語」の重層的かつ流麗な文体の構造を明らかにする一つの視点として、会話文と地の文の違いについて検討を行った。会話文の認定については、内話や手紙文も含めるかどうか、引用句や引歌の扱いをどうするかによってかなり異なる。会話文と地の文は、時には融合し、入り組み、明確に区分できない場合もしばしばある1)。また「源氏物語」は、「ことがらを客観的に三人称的に叙述する叙事の文章であるよりは、むしろ、作者の主観によって一人称的にものがたる叙情の文章」2)であり会話文と地の文とが区別しにくい一面があるが、今回は、旧日本古典文学全集(小学館)「源氏物語」の「 」で囲まれている文章を会話文とし、数量分析した結果について報告する。

2)結果と考察
まず、「源氏物語」全体での会話文、地の文、和歌の語数の比率を求めると、表1の様になる。各巻では会話文の比率は平均30%前後だが、巻の半分以上が会話文で占められている巻も帚木(64.8%)、夢浮橋(56.6%)、常夏(56.0%)と3巻ある。

 次に会話文、地の文、和歌の主要品詞の出現比率を求めると表2となる。表2からは、会話文、地の文、和歌の全般的な特徴が明らかになる。即ち、和歌のように字数の制限の強いものには、名詞、動詞のような、それが欠けては文意が通らなくなる品詞と、語と語の関係を示す助詞の割合が高い。逆に会話文のように、語られる場面が、話者、聞き手、読み手にすでに共通の理解がある場合には、細かい説明が不要となるので、名詞、動詞の割合が下がり、形容詞や代名詞の比率が地の文より高い。樺島が、現代文で樺島の法則として述べられていること3)が、「源氏物語」でも数量的に認められる。

 ここで、会話文の認定の違いによって、ど

表1(単位:%)
文の種類
会話文地の文和歌
源氏物語35.161.83.1

表2(単位:%)
品詞
名詞代名詞動詞 形容詞形容動詞副詞助詞助動詞
文の種類 会話 16.40.9 14.96.02.24.631.113.5
地の文 17.70.417.45.92.64.132.110.4
和歌 25.80.817.83.50.91.635.111.0

の程度の差が出るかを確認しておく意味で、まず54巻中2番目に長い若菜上の巻で、認定基準の異なる会話文3種類を調べた。調査方法は、イ)旧日本古典文学全集(小学館)の「 」で、括られた部分、ロ)その部分の中で、「のたまふ」「きこゆ」など、内話や手紙文でなく本当に発話した部分 ハ)旧古典文学大系(岩波書店)の「 」で括られた部分の3種類について会話文、地の文、和歌の総語数に対する比率と主要品詞の出現比率を求めた。表3表4である。

 表4から、会話文の認定基準のどれをとっても会話文の中での品詞の出現比率に大きな差は見られなかったので、すべての巻で、会話文、地の文、和歌の各品詞の比率を調べた。その結果、助動詞はすべての巻において会話文のほうが地の文より比率が高く、動詞は逆に、一巻を除いてすべての巻で、地の文の方が会話文より、比率が高かった。また代名詞は54巻中4巻を除いて、地の文より会話文の比率が高く、話者、聞き手、読み手に共通理解がある場合、代名詞が多いのは当然

表3(単位:%)
文の種類
会話文地の文和歌


旧日本古典文学全集
「 」内中の発話
40.358.11.6
発話発話以外
34.16.2
旧日本古典文学大系「 」46.751.71.6

表4(単位:%)
品詞
名詞動詞形容詞形容動詞 副詞助詞助動詞

 

 

 







会話文16.814.5 6.2 2.3 4.232.212.3
(発話)16.814.6 6.3 2.2 4.332.512.1
(発話以外)16.814.2 6.4 3.3 3.430.613.7
地の文19.616.1 5.2 2.4 4.031.7 9.9
和歌27.517.2 3.8 1.2 1.534.610.9





会話文17.214.5 6.0 2.3 4.232.012.3
地の文19.616.3 5.2 2.5 3.931.8 9.7
和歌27.517.2 3.8 1.2 1.534.610.9

で、会話文と地の文が異なる顕著な例である。そのほかに、和歌には補助動詞が一語も出現しないことが確認された。ここでの補助動詞は、「きこゆ」、「たうぶ」、「たてまつる」、「たまふ(四段)」「たまふ(下二段)」「はべり」「まうす」であり、尊敬、謙譲、丁寧を表す敬語である。この点については、森野宗明氏の指摘を引用しておく。「平安時代以降の和歌も、敬語不使用を原則とする別世界を形成している。 (中略)敬語の使用不使用にこだわるのは世俗の生活世界のことである。王朝貴族の清練した宮廷風和歌の美学は、そうした、日常の生活行動を規律する世俗の尊否優劣によって人間を差等化する差別観念の拘束から心情を解放する。用語選択の原理も世俗のそれとは次元を異にする。」4)「源氏物語」の和歌にもこの原則があてはまると言える。

出現助動詞上位3種 表5
桐壺帚木空蝉夕顔若紫 末摘紅葉花宴賢木 花散須磨明石澪標蓬生 関屋絵合松風











ベシ


マシ





ナリ





ナリ


ナリ






ケリ
ベシ








ベシ



ナリ


ベシ


ナリ











ケリ
タリ


タリ


タリ

ケリ
タリ


タリ

ケリ


タリ
タリ




タリ


ナリ
ナリ

ケリ


ケリ
タリ


ケリ



タリ
ケリ
ケリ

タリ

タリ

タリ
ケリ

薄雲朝顔少女玉鬘初音 胡蝶常夏篝火野分 行幸藤袴真木梅枝藤裏 若上若下柏木




















タリ


ベシ
タリ

ケリ

ナリ


ナリ
ラル





ベシ


ナリ


ベシ


ベシ


ベシ


ベシ













タリ


タリ



タリ
タリ
ケリ


タリ

タリ



タリ
ケリ
タリ


タリ

ナリ

タリ


ケリ


タリ



ケリ

タリ



ナリ

タリ


タリ
ケリ


タリ

横笛鈴虫夕霧御法 匂宮紅梅竹河橋姫椎本 総角早蕨宿木東屋浮舟 蜻蛉手習夢浮








ベシ


ベシ


ベシ




ベシ
ケリ

ケム
ベシ


ナリ





ベシ


ベシ


ベシ
ベシ







ナリ

ナリ

















タリ


タリ
ケリ


ケリ

ケリ
タリ

タリ



ケリ

タリ



タリ
タリ

ケリ

タリ






ケリ


ケリ
タリ

ケリ
タリ


ケリ
タリ

タリ
ケリ

タリ


表6(単位:% 帚木、総語数9368)
比率
総語数に対する
比率
助動詞の比率 助動詞全体の中の
「む」の比率
助動詞全体の中の
「たり」の比率
文の種類 会話 64.8(6067)13.9(846)18.0(152) 9.2(78)
地の文 33.0(3096)10.7(330)10.0(33)18.8(62)
和歌  2.2(205) 9.3(19)  0  0

 次に、会話文と地の文では、出現する助動詞の種類がどのようになっているのかを調べ、上位3種類を比較した(表5)。「源氏物語」全体では、「ず」「む」「たり」「けり」「なり」「り」「ぬ」の順に出現比率が高い。表5からも明らかな様に、会話文と地の文では高比率で使用される助動詞の種類が明らかに異なっている。 会話文で上位を占めた、「む」の主要な使い方を会話文の比率が最も高かった帚木の巻で、さらに細かく検討した(表6)。表6より明らかな様に「む」と「たり」の比率が会話文と地の文では逆になっている。「む」の主な用法には、推量、意志、勧誘、適当、仮定、婉曲がある。帚木の巻の会話文で使われる用法には、「む」を除いても文意が変わらないが「む」を添えることによって表現をやわらかくする、朧化、婉曲の用法が3分の1を占める(表7)。 地の文では、意志や推量など、「む」を除くと文意が変わるような必要度の高い使われ方をしている。

 次に地の文で上位を占めた「たり」についても検討する。「たり」は、動作・作用の継続、完了、存続、の意がある。「む」の場合、使われる意味、用法が会話文と地の文で偏りが見られたが、「たり」の場合、会話文でも地の文でも意味上ではさほど差はない。しかし、活用形を調べてみると会話文と地の文ではそれぞれの活用形の使用率がかなり異なることがわかった(表8)。 会話文の「たり」の未然形の15例のうち14例は「たらむ」「たらめ」等、「む」に付き「む」の婉曲用法と共に使用され、連体形になっても意味上変化しないものである(表9)。 会話文の特徴を示す「む」に影響されて、地の文より未然形が多いと考えられる。残り1例は打ち消しの「ず」に付き、文脈上必要なものであり、「む」に付く未然形を除けば、地の文と同じ使われ方となる。連用形は、会話文地の文ともに「き」「けり」「つ」「けむ」等の前に付き、用法上は変わらないが会話文のほうが多い。

表7



帚 0040-04     べし うちあひ て すくれ たら む も ことはり これ こそ は      1-061 1-136
帚 0040-06 に しら れ す さひしく あはれ たら む むくらのかと に おもひのほかに    1-061 1-136
帚 0040-07     に おもひのほかに らうたけなら ん 人 の とち られ たら ん こそ   1-061 1-136
帚 0040-07       ん 人 の とち られ たら ん こそ かきりなく めつらしく は    1-061 1-136
帚 0040-11  ことわさ も ゆへなからす みえ たら む かたかと に て も いかか      1-061 1-137
帚 0040-12      思ひのほかに をかしから さら む すくれ て きす なき かた の    1-061 1-137
帚 0041-05   もの と うちたのむ へき を えら ん に おほかる 中 に も え なん   1-062 1-137
帚 0041-08      と なる へき を とりいたさ む に は かたかる へし かし されと  1-062 1-138
帚 0041-13  人 の ありさま を あまた みあはせ む の このみ なら ね と ひとへに   1-063 1-138
帚 0042-06  いかはかり の 人 かは たくひ 給は ん かたち きたなけなく わかやかなる   1-063 1-139



帚 0038-04  と 我 おほしあはする こと や あら む うちほをえみ て その かたかと も  1-058 1-133
帚 0065-03 とりいて て いひ し この なみ なら む かし と おほしいつ おもひあかれ   1-089 1-170
帚 0065-13  の つゐて に も 人 の いひもらさ む を ききつけ たら む とき なと   1-090 1-171
帚 0065-14  の いひもらさ む を ききつけ たら む とき なと おほえ 給         1-090 1-171
帚 0066-02  ある かな なを みおとり は し な ん かし と おほす かみ いてき て   1-090 1-171
帚 0067-11     人 の かくれ たる かた なら む あはれ や と 御心ととめ て     1-093 1-173
帚 0069-13     それ たに 人 の あまた しら む は いかか あら ん 心        1-096 1-176
帚 0069-13    あまた しら む は いかか あら ん 心 も さはき て したひ       1-096 1-176
帚 0070-03        こと の は に か あら む あはれ しる はかり なさけなさけしく 1-096 1-176

表8(単位:%、帚木)
「む」「たり」
会話文(152)地の文(33) 会話文(78)地の文(62)
活用形 未然形   0  019.2(15) 3.2(2)
連用形   0  011.5(9) 3.2(2)
終止形 25.0(38)21.2(7) 5.1(4)37.1(23)
連体形 67.8(103)75.8(25)61.5(48)41.9(26)
已然形  7.2(11) 3.0(1) 2.6(2)14.5(9)

表9
帚 0043-07    そ なと あはつかに さしあふきゐ たら む は いかか は くちおしから   1-064 1-140
帚 0044-03    あまり ゆへよし 心はせ うちそへ たら む を は よろこひ に おもひ   1-065 1-141
帚 0045-09  て あま に も なさ て たつねとり たら ん も やかて その おもひいて   1-067 1-143
帚 0045-11 も かから ん きさみ を も みすくし たら ん 中 こそ 契 ふかく       1-067 1-143
帚 0052-09   おほえ 侍 し ひとへに うちたのみ たら む かた は さはかり に て あり 1-074 1-152
帚 0056-04  かう たまさかなる 人 と も おもひ たら す たた あさゆふ に もてつけ   1-078 1-157
帚 0056-05  たら す たた あさゆふ に もてつけ たら む ありさま に みえ て      1-078 1-157
帚 0061-05   おひらかに おに と こそ むかひゐ たら め むくつけき 事 と つまはしき  1-084 1-164
帚 0067-06        の つきつきしく いまめき たら む に おろしたて ん やは かの  1-092 1-173
帚 0078-11  とも さも おほしはつ ましく かくれ たら む 所 に なを ゐていけ と    1-106 1-188

 終止形は地の文のほうが会話文より数倍多く、殆どが「たり」の終止形で文が終わっている。話しことばに近い会話文と異なり、地の文で終止形が多いことは叙述上当然といえる。地の文に已然形が多いのは、「たれば」「たれど」等、接続助詞について理由を示したり、逆接して説明したりということが会話文より多いからである。会話文と地の文における「たり」の活用形の比率は、帚木の巻だけでなく「源氏物語」全体でも同じ傾向が見られた。「たり」と同様の働きをもつ「り」についても検討すると、会話文でも地の文でも意味上の違いはなく、「たり」と同じく会話文と地の文で活用形ごとの使用率が異なった。また終止形においては、会話文より地の文が多く、終止形で文が終わるものが多い(表10)

 打ち消しの「ず」は、叙述の必要上、会話文にも地の文にもよく使われるが、用法上や活用形の出現比率に大きな差はみられない(表10)

 地の文に「けり」がよく使われるのは、物語の性格として当然である。また会話文中で、時に関係する助動詞としては、「き」が多く使用されているが、これは「自分の経験を表す」回想であり、会話文での「けり」は回想よりは詠嘆の意を表すと考えられる。会話文には話し手の気持を表す「む」「べし」が多く、地の文には物語の叙述を表す「たり」「り」「けり」がよく使われる。

表10(単位:%、帚木)
「り」「ず」
会話文(41)地の文(41) 会話文(117)地の文(37)
活用形 未然形  9.8(4)  0(0) 9.4(11) 2.7(1)
連用形  2.4(1)7.3(3)37.6(44)40.5(15)
終止形  2.4(1)39.0(16)11.1(13)18.9(7)
連体形 85.4(35)41.5(17)32.5(38)27.0(10)
已然形    0(0)12.2(5) 9.4(11)10.8(4)

3)結論
 以上、会話文と地の文の文体について概観したが、全巻にわたって量的な差があるのは助動詞と動詞である。助動詞についてはおおむね次のことが言える。@会話文と地の文では使用される助動詞の種類に異なりがあること、A同じ種類のものが同程度の比率で使われていても活用形や意味の用法上で異なること、である。

 また、動詞と副詞について、会話文と地の文でどのように異なるかを調べた。動詞の種類について上位10位は、表11である。

表11
会話文地の文
ありあり
おもふおぼす
みるおもふ
はべりみる
なるきこゆ
ものすのたまふ
おぼすいふ
いふみゆ
10 きこゆなる

 表11をみると、「はべり」を除いて殆ど似通った語が上位を占めている。また、補助動詞についても調べたが「はべり」は、会話文及び、手紙文、内話にのみ見られた。
 副詞でも「いと」が会話文、地の文同じ様に圧倒的に多く、差がなかった。

 助詞については、一つ一つの助詞の用法について厳密に分類しなければならないので、大まかな状況は把握できたが、詳細な検討は今回は行わなかった。今後、各品詞についてさらに詳細に検討してゆく。


引用文献
1) 伊藤博「心内語」国文学28巻16号
2) 阪倉篤義「文章と表現」角川書店S50
3) 樺島忠夫「日本語はどう変わるか」岩波書店 S56.1
4) 森野宗明「敬語の用捨と古典解釈」 古典文法必携 別冊国文学 NO.38 H2.2


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